天草が生む海の幸。 玉木商店の粒うにと 田脇水産のシマアジの生ハム
北は有明海、東は八代海、西は東シナ海の天草灘に囲まれ、上島、下島を主島とし、長島、獅子島、御所浦島など大小1200の島々からなる天草諸島地域は、豊かな自然とともに、17世紀にはキリスト教が根付いた土地という歴史的背景もあり不思議な趣がある。海に囲まれていることから水産業が盛んであり、天草陶石の産地としても知られている。
玉木商店の「粒うに」
3月の解禁を迎え、天草の天然ムラサキウニの漁がはじまった。冬の荒れた海を過ごし、桜が咲く頃に獲れるこの時期のものを「桜うに」と呼ぶ。
そんな「桜うに」を絶品の「粒うに」として世に送り出す玉木夫妻は、天草市の中心からほど近い場所で「玉木商店」を営んでいる。古き良き日本のミッドセンチュリーさを纏う実に雰囲気のあるお店で、「粒うに」、「煮山椒」といったオリジナルの商品から天草地方の名産品を扱っている老舗だ。
大切な人への特別な贈答品として重宝されているこの「粒うに」の秘密を玉木夫妻にお伺いした。
「天草のウニにも、カチウニ、アカウニなどがありますが、うちではこの時期に獲れる冨岡のムラサキウニしか使っていません。」
天草を代表するウニの漁場は、冨岡、二江、牛深と3つあり、とりわけ冨岡のウニは玉木商店の「粒うに」にピッタリなのだそう。もちろんどのウニも美味ではあるが、冨岡のウニに限っては、その後味の芳醇さが格別で、
「常連のお客さまに違う産地のウニをお送りした際には、味が違うと大変怒られました」という程、味に違いがある。
なぜ同じ地方で違いが出るのか。
その理由は、海にあるという。先に紹介したように、天草諸島は海に囲まれており、その中でも天草灘側は外海、有明海・八代海側は内海とよばれ、潮の流れも外海は荒れやすく、内海は穏やかで、同じ周辺の海でもウニのエサとなる海藻群が異なり味に違いがでるという。また、冨岡のウニは大変希少で街の寿司屋や料理店では出てこないほど獲れる数が少ない。
そんな、玉木商店の「粒うに」は玉木夫妻の手によって、添加物を一切使わず、天草の塩「小さな海」で丹念に塩漬けされ、文字通り手塩にかけてこのウニを待つ人々へ今年もまた贈りだされている。
田脇水産 シマアジの生ハム
天草の自然の恵みは、もちろん内海にもそそいでいる。
内海は有明海、八代海からなり、安定した環境と陸からのミネラル豊富な海は多くの種類の魚が産卵に訪れる。その特性を生かし、マダイやブリをはじめ、トラフグ、カワハギ、カンパチ、エビや真珠の養殖が盛んだ。
この土地が生んだ逸品がある。田脇水産の「シマアジの生ハム」。
シマアジの身をごく薄く切り、柚子の香りを付けて生ハム状に仕上げたものだ。
先代からこの地域で養殖業を営む田脇誠一さんは、数々の試行錯誤の末、この「シマアジの生ハム」に辿り着いた。また、この商品の開発には、長崎大学の水産学部の協力もあったという。天草は熊本県でもあるが、長崎県とも隣接しており、天草諸島の一部の島は長崎県でもある。このような、県や地域、産学を越えた取り組みの末に生まれた逸品が「シマアジの生ハム」だ。
田脇水産では、卵から仔魚、稚魚そして成魚へと一貫して育て、最初のエサとなる植物プランクトンも天草の海由来で、太陽光を使い光合成させて育てている。
「この海で育てる魚なので、やはりこの海のプランクトンが一番合っている」
と田脇さんは考えており、ちょっとした研究所も備える稚魚の養殖場を歩きながら魚について語る姿は、丁寧な仕事と養殖業への情熱を覗かせていた。
話が脇道にそれるが、「卵→仔魚→稚魚→成魚」までの一連の養殖方法は日本が最初に完成させた養殖方法だという。
そして、この春になりやっと水温が上がってきた八代海に浮かぶ田脇さんの100台以上の生簀には、仔魚、成魚と丁寧に育てられたシマアジ、マダイ、トラフグなどが天草の太陽を浴び元気に泳ぎまわっている。
普通のアジは体長20~30cmだが、シマアジは体長が50~60cm、大きいものでは1mにもなる大型の魚で、高級魚として一般的に認知されている。これまで貴重だった魚がこうして我々の口にまで届くのも、田脇さんや長崎大学の先生たち、そして日本の漁業関係者が日々、試行錯誤した結果だ。
「シマアジの生ハム」が誕生するまでは様々な道程があった。魚のハムの中でもタイのハムは良くあるとのこと。だが田脇さんは考えた、「それだと差別化はできない。他に魚のハムとして一番合う魚はなんだろう」と。辿り着いたのがシマアジだった。また、シマアジは刺し身が美味しい食べ方だが、それだと2~3日しかもたないため、より多くの人にこの食材を届けるのに適した加工品が生ハムでもあった。一般的なハムは燻して香りづけをするが、ことシマアジに関しては元来持つ風味を損なうためそれを用いず、素材の味を最大限に引出す塩と少しの砂糖に漬けて製造する。
卵から生簀の成魚へ育て、捌き、加工する。この一連の工程は全てシマアジの鮮度を落とさず、最良の状態で加工するために天草の小さな港に隣接する、けして大きな工場ではない田脇水産で行われている。
いつもより、厳しい冬だったので今年は水温が上がるのが少し遅い。シマアジは元々暖海性の魚なので、水温が低いと脂のノリがわるく、本来の風味が損なわれる。水温15度を越えて活発になってくると身も太り美味しいシマアジになる。現在は、水温が15度弱になりやっとシマアジが海面付近まで顔をだし活発に泳ぎまわっていた。冬を越え、暖まった海で旬を迎えようとしているシマアジの収穫はいま始まったばかり。田脇水産の「シマアジの生ハム」はこれから最盛期を迎える。
手間と暇をかけた、マスプロダクトでは味わえない日本のデリカシー
玉木商店の「粒うに」、田脇水産の「シマアジの生ハム」両方に共通していえるのは、大量に生産できないこと。自然が持つダイナミズムの中から生まれている食品だからこそ、繊細な手仕事とその素材への日々の探求が要求される。
そんな、手間と暇をかけて産みだされる「粒うに」と「シマアジの生ハム」は日本のデリカシーである。