飯綱町の美味を全国へ発信。食と農の未来をつくるアイデア
米で飯綱町を有名にしたい。町一番のアイデアマン米農家
なかまた農園 仲俣孝志さん
りんごが有名な飯綱町だが、実は米においても、最高品質の米が育つ特A地区として認定を受けている。飯綱町黒川地区で25ヘクタールもの広大な水田を耕作する「なかまた農園」の仲俣孝志さんは、「飯綱町を米で有名にしたい」と常に挑戦的な米づくりを実践。過去には宮中恒例祭典の「新嘗祭(にいなめさい)」の献上米に選ばれたほど、良質なお米をつくり続けている。
「飯縄山から流れてくるミネラル豊富な水や、昼夜の寒暖の差が大きい気候が米を美味しく育てます。私のつくった米を通して、飯綱町の名前を知ってもらい、この町を盛り上げることが目標です」。
元郵便局員だった仲俣さんが、本格的に農業を始めたのは52歳の時。仲俣さんはユニークなアイデアを米づくりにどんどん取り入れる。稲にミネラルを吸収させるため沖縄県宮古島の塩を与えたり、今季は完全無農薬のコシヒカリづくりや、「いのちの壱」という米粒が平均よりも一回り大きい新品種の栽培にも挑戦。常に新しい手法を模索する仲俣さんは「面白いほうがいいじゃない」と豪快に笑う。
そんな仲俣さんの米の評判を聞きつけて、長野県中野市の酒蔵「丸世酒造店」が酒米の栽培を依頼。5年ほど前から「ひとごこち」という品種の酒米の栽培もスタートした。仲俣さんの酒米を使って醸される「勢正宗(いきおいまさむね)」という銘柄は同蔵の主力商品だ。
「自分のお米が日本酒になるのはうれしいですね。学校給食やふるさと納税などでお米を提供していますが、色んな形でうちの米に触れてもらえるのはありがたいです。米農家は高齢化が進んで大変なところもありますが、飯綱町の米の価値を上げて、地域を盛り上げていけたらと思います」。
手づくりお菓子とグッドデザイン。モノづくりコミュニティが町を興す
UMAGLOVE阪本チヒロさん/ばばの台所 関妙子さん/お菓子のマド 鈴木洋子さん
「飯綱町で新しい“しごと”を創る」を合言葉に、2018年から飯綱町で毎年開催されている公募型の新規事業コンペティション「いいづな事業チャレンジ」。ユニークなアイデアを持つ人が集まるこのコンペは、町で新しいしごと創りを目指す人同士がつながるきっかけの場となっている。
グラフィックデザイナーの阪本チヒロさん、「ばばの台所」の関妙子さん、「お菓子のマド」の鈴木洋子さんの3人も「いいづな事業チャレンジ2019」の出場者として出会って以来、定期的にミーティングをしたり、阪本さんがデザインを手伝ったりと、まるでチームのように活動している。
阪本さんは事業チャレンジがきっかけで、商品パッケージやリーフレットなど、地域の特産品のデザイン依頼が急増。どんなに商品が良質でも、デザインがいまいちだと手に取ってもらう機会は減ってしまう。阪本さんの洗練されたデザインワークは、六次化産業者にとっての救世主となっている。
「皆さんと話していると自然とデザインのアイデアが浮かびます。最近は町内に住んでいる編集者と組んで、若手デザイナーや編集者を集めたチームを結成。若手クリエイターの育成にも着手しています」と、阪本さん。
「ばばの台所」の関妙子さんはもともとりんご農家。子どもに食べさせる自然なおやつをつくりたいと、14年前から自家製のりんごチップスづくりを始めた。「ばばの台所」というブランド名で直売所を中心に販売してきたが、阪本さんのデザインでパッケージを一新し、より売り場で目を引く商品に生まれ変わった。
「ポテトチップスのようにサクサクッとした食感に仕上げているのが他商品との違い。生食用でも十分に美味しい高品質なりんごを厳選して使用しています。飯綱町のりんごの美味しさを、気軽に楽しんでいただけると思います」と、関さん。
「お菓子のマド」は、鈴木洋子さんによるヴィーガンスイーツのブランド。研究に研究を重ねたレシピは、卵や乳製品は不使用なのに風味豊かで美味しいと評価されている。鈴木さんは「事業チャレンジ2019」でヴィーガンのお土産菓子を提案し、見事グランプリを獲得。現在は町のゆるキャラ「みつどん」をデザインしたサブレなどを直売所などで販売している。こちらもパッケージデザインは阪本さんがブラッシュアップした。
「植物性の素材だけを使ったからだに優しいお土産菓子をつくりたいと提案しました。みつどんさぶれや地元産のそば粉を使った飯縄山型のビスコッティ、りんごチップス入りのグラノーラなどを販売しています」と、鈴木さん。
商品の生産者とデザイナーの、世代もジャンルも超えた町ぐるみのチームが、新しい町の名物品をつくり出していく。
町のクラフトシードル醸造所でりんごの価値が生まれ変わる
林檎学校醸造所 小野司さん
近年、飯綱町で注目を集めているのが、クラフトシードルの醸造。りんご果汁を発酵させてつくる微発泡のお酒だ。きっかけは廃校を利用した施設・いいづなコネクトEAST内に誕生したシードル醸造所「林檎学校醸造所」。所長の小野司さんは町内のりんご農家に生まれ、県外でIT系の仕事に従事しながら、この町にシードル醸造所をつくるプロジェクトを進めてきた。
「父が2005年からシードルを委託醸造していて、その美味しさに感動したのが始まり。以来、本業の傍ら実家のシードルの営業や、2015年に『日本シードルマスター協会』を立ち上げるなど、シードルの普及にも力を入れてきました。段々と認知度が上がってくる中で、今度は飯綱町に醸造所をつくりたいと思ったんです」。
小野さんのシードル醸造所プロジェクトは「いいづな事業チャレンジ2018」で見事グランプリを獲得。「林檎学校醸造所」完成後の2019年2月には果実酒製造の免許も取得し、現在はりんごの収穫が始まる8月〜翌4月にシードルを醸造している。甘口や辛口、りんごのブレンドと酵母違いで数種類をラインナップ。
また、りんご農家の委託醸造も請け負っており、最近は特に若い世代の農家から醸造の相談が増えているという。りんご農家にとってシードルは、自らのブランドをつくることができるアイテム。りんごに生産者の名前は記せないが、シードルならつくり手の情報を最終的な消費者まで伝えることができ、味でも個性を発揮することができる。さらには、傷物のりんごを活かすこともでき、賞味期限も長い。シードルはりんご農家の弱点を一気に解決できるのだ。
「この地域にもっとシードル醸造所が増えて、切磋琢磨しながら業界を盛り上げる仲間ができたらいいと思います。シードル醸造所めぐりができる町として人を呼ぶことができるかもしれないし、シードルづくりはこんな田舎の町でも面白いことができるといういい例になる。新しいことに挑戦したい若い農家さんにとっての切り口になればいいなと思います」。
加工品でより多くの食卓へ。奥信濃の高原でのびのび育つ信濃地鶏
信濃農園 山浦忠司さん
妙高山と斑尾山の間、標高700mの高原にある「信濃農園」。爽やかな風が吹き抜けるこの場所で、「信濃地鶏」は健やかに育っている。可能な限り自然に近い環境で育てたいと、鶏舎には新鮮な天然水をかけ流しにするパイプを引き、飼料は抗生剤や抗菌剤が入っていないものを厳選。もちろん無理やり大量に食べさせることもしない。「信濃地鶏」はその品質の高さから、愛知万博や有名ホテルで採用された実績もある。
最大のこだわりは、生育期間 80 日から出荷できる地鶏を120 ~150日に渡り生育し成熟させてから出荷すること。JAS規格の安全な配合飼料と新鮮な水を与え、鶏が自由に動き回れる環境を特に大切にしている。信濃地鶏の程よい弾力と噛むほどに広がる濃い旨みの秘訣はここにある。
「長期飼育でコストはかかりますが、鶏本来の自然な育て方がより美味しい地鶏になります」と代表の山浦さんは話す。
信濃農園では鶏の食肉のほか、ソーセージや焼き鳥用の串などの加工品も人気。良質で種類豊富な加工品を製造できる理由は、農園で飼育から食鳥処理、加工までを一貫して行っているからだ。加工場では解体担当の職人が丸鶏を部位ごとに、流れるような手つきであっという間にさばいていく。
「食鳥処理施設を持っている農園は県内では珍しいです。全ての工程を自社で行うことで、品質管理はもちろん、朝じめの新鮮な食肉の提供や、自由な商品開発が可能になります。鶏はほとんど捨てるところがないので、余すところなく食材にすることができるんです」。
現在は、新型コロナウイルスの影響で中食の需要が高まっていることもあり、温めるだけで食べられる商品の開発にも注力。家庭の食卓で、気軽に信濃地鶏を味わうことができる。
農業の町・飯綱町の“食”の財産が、さまざまな人のアイデアで形や価値を変えていく。飯綱町の食と人がつくる町の未来は、まだまだ面白くなりそうだ。