郷土料理を巡る 守り継がれる土佐の「おきゃく」文化 -高知県-
約7,104㎢という四国一の面積のうち約84%が森林である高知県は、豊かな緑と広大な太平洋、そして温暖多湿な気候の恵みを受け、その食文化を発展させてきた。
そんな高知県に根付く郷土料理には、その土地で手に入る食材を使うことはもちろん、受け継がれ、伝わっていく理由があるという。土佐伝統食研究会会長であり、高知県立大学名誉教授でもある松﨑淳子さんにお話を伺った。
豊かな食材に彩られる高知県の郷土料理
森林、盆地、平野部、河川、海岸部など多様な風土と四季がもたらす多彩な食材を、シンプルな調理・加工で天然の味を生かしたまま味わう高知県の郷土料理。松﨑さんによれば、その特長は大きく3点挙げられるという。
1)酢を多用
調味の特徴としてまず挙げられるのは酢だという。松﨑さんによれば、かつては食酢支出額日本一に輝いたほど、日頃から料理によく酢を使うそう。さらに、高知県では“酢みかん”と呼ばれる、柚子、ぶしゅかんなどの多様な柑橘類が酢のような調味料として愛用される。「冷蔵庫のなかった時代に保存性を高める効果と、高温多湿な気候での食欲低下の予防への知恵でしょう」。
2)ごちそうは魚
太平洋に臨み、獲れる魚種が多彩な高知県において、ごちそうのメインは「カツオのたたき」をはじめ、「蒸し鯛」「キビナゴのほおかぶり」「サバの姿ずし」などの魚料理だ。高知県を代表する料理様式「皿鉢(さわち)料理」にも、魚料理は多く登場する。
3)いまも残る伝統的な食べ方
高知県では、約300年前から佐川盆地周辺でつくられている「塩納豆」、江戸時代には土佐藩の主要生産物だったとされる「碁石茶」のほか、「樫豆腐」「山椒餅」など古い食べ方が残っている。その理由について松﨑さんは「四国山脈に隔てられた僻地性が長かったためではないか」と、いう。
土佐人に受け継がれる“おきゃく文化”
高知県の郷土料理には様々な特色がみられるが、なかでも高知県を代表する独自の食文化のひとつに“おきゃく文化”が挙げられる。高知県では宴席はあたたかな交流の場となっており、自由に料理を取り、上下関係なく酒を酌み交わす。
おきゃく文化の歴史は、江戸時代、1800年前後の頃に、武家の膳式が「本膳式」であったことが関係する。その宴の途中、高価な大皿に盛られた料理が供されることがあった。その大皿が皿鉢だ。土佐藩では奢侈禁止令(しゃしきんしれい)が出され、皿鉢の売り買いは禁じられていた。つまり、この頃は平民には皿鉢は縁の無いものであった。それが明治時代になり四民平等になると、豪農・豪商が伊万里焼・九谷焼・有田焼などの美しく高価な皿鉢を求め、これに派手に盛り合わせた料理を気軽に手元に取り、自由に飲食し、語り合う形の宴席が定着した。これが今のおきゃく文化の原型となっている。
おきゃく文化に欠かせない「皿鉢料理」には山の幸、海の幸が美しく盛り付けられる。刺身を盛り付けた「生」と呼ばれる生ものの皿鉢、すしや煮物、蒲鉾類、揚げ物、果物、甘い物などを盛り合わせた「組物」と呼ばれる皿鉢、その他「蒸し鯛」など一品で皿鉢に盛り付けられる料理もあり、皿鉢の供し方は多彩だ。また、松﨑さんによれば宴会の規模は「皿鉢何枚」という言い回しで表現するそうで、それだけ高知県の宴席に欠かせないものだと分かる。
皿鉢の宴の進行は、挨拶、乾杯の後は自由に料理を取り、誰彼となく酒を酌み交わし、やがて“献杯”、“返杯”を重ねる。松﨑さんによれば「昔のおきゃく文化では招かれた客だけでなく、たまたま通りかかった通行人でも座敷に上って飲食することが許されていた」というから驚く。
かつては農作業を共同でおこなう「結(ゆい)」の小組である「汁組(しるぐみ)」が冠婚葬祭のすべての作業を手伝う仕組みがあった。しかし、社会の変化に伴い結も汁組もなくなり、準備から片付けまでを分担して行うことができないため、自宅ではなくホテル等で皿鉢の宴席は催すようになった)。それでも「皿鉢料理ではないけれど、交流しながらの会食には、かたちを変えた“皿鉢の席”の雰囲気を感じます」と、松﨑さんは言う。
家庭でつくる、高知県の郷土料理
高知県の郷土料理のなかから、現在でも家庭でつくられ、日常に息づいているものの一部をご紹介しよう。
いたどりの油いため
◇主な食材:いたどり
松﨑さんも普段からよく食べるという「いたどり」は、山あいに自生するタデ科の植物。塩漬けや冷凍による保存食としても重宝され、日常のおかずとして年間を通して食卓に上る。
りゅうきゅうの酢の物
◇主な食材: りゅうきゅう(ハスイモの茎)、太刀魚またはナイラゲ(カジキマグロ)、ぶしゅかんや柚子などのかんきつ酢、ごまなど
高知県では、ハスイモ(サトイモ科)の葉と茎のつながる葉柄部分を「りゅうきゅう」と呼ぶ。さっぱりとした味と食感が特長の「りゅうきゅうの酢の物」は、夏の定番料理だ。松﨑さんによれば「りゅうきゅうは汁の具材などにも使う」のだそう。夏になるとたくさん繁り、長く生え続けるので、多くの農家で栽培しているといわれる。りゅうきゅうの“旬”に太刀魚とぶしゅかんがとれるため、この3食材で酢の物がつくられる。
葉にんにくのぬた
◇主な食材: 葉にんにく、味噌、ごま、酢、砂糖
ぬたとは味噌や酢、砂糖などを混ぜてつくる日本の伝統的な調味料だが、高知県ではすり潰した葉にんにくも用いられることが多い。一般家庭や飲食店などで日常的に登場する。脂ののった鰤の刺身や油で揚げた豆腐など、醤油では絡みにくい食材のたれになる。緑色が美しく、パンチが効いた味。葉にんにくを食べる文化は、16世紀末に土佐国の戦国大名、長曾我部元親(ちょうそかべもとちか)が朝鮮の役から帰国した際に持ち込んだのがルーツにあるという。
カツオのたたき
◇主な食材: カツオ、にんにく、たまねぎやねぎなどの薬味
漁師が船上で切身に振り塩をして叩いて食べていたのが普及した。家庭では、これに、酢じょうゆをかけて、ニンニク、葱などの薬味をのせた料理になった。冬の一時期を除いて、一年中カツオは食べられているが、脂がのった秋の下りカツオがたたきに最適とされる。初夏の初カツオも美味で人気が高い。皿鉢料理の定番の一品である。
参考: うちの郷土料理「かつおのたたき」
田舎ずし(いなかずし)
◇主な食材:みょうが、りゅうきゅう(ハスイモの茎)、こんにゃく、たけのこ、しいたけ、かぶ、四方竹、米など
全国的に見ても珍しい、野菜を使ったすしで、柚子などのかんきつ酢を酢飯に使う。高知県の山間地帯に伝わる行事食で、県内でとれる山の幸がふんだんに使われる。高知県内では、日曜市や直売所等でパック詰めのものが売られているほか、スーパーマーケットでも手軽に購入できる。魚を使った一般的なすしよりも安価で、日常的な食べ物として高知県民に愛されている。皿鉢料理の一品にもなる。
高知の食文化伝承への使命感
大正生まれの松﨑さんは、戦争の反省から「科学の力でものを豊かにする必要がある」と考え大学で調理科学を研究した。しかし、科学の恩恵の反面、「合成した食材や出来合いの食べ物しか知らない子供がいる現代に危機感がある」と語る。2003年に土佐伝統食研究会を立ち上げ、行政への提言を通し高知県の食文化を伝える「土佐の伝承人」制度や、田舎ずしをはじめとした「土佐寿司」の産業化を目指す官民連携の「土佐寿司を盛り上げる会」の設立を県政に提案し実現した。県産食材の伝統的な食べ方を発掘、整理して次世代に伝えていく活動が評価され、土佐伝統食研究会が2020年1月に第27回高新大賞(高知新聞厚生文化事業団主催)に選ばれ、書籍の執筆にとりかかっていると言う。「県産食材の持ち味を大切にした企画を官民で立ち上げて、“第二のサン・セバスチャン”を目指しては」と世界屈指の美食の街を引き合いに、今後の展望を教えてくれた。「若い人に食への関心を持ってもらえるよう、高齢者こそが残すべき文化・価値として、高知の食文化を伝えていきたい」と語る言葉は背筋が伸びる力強さだった。
高知県に伝わる郷土料理は、この土地の食を愛する方々の情熱と、人々が交流するあたたかな食卓に、今も受け継がれている。
出典:農林水産省Webサイト「うちの郷土料理」
https://www.maff.go.jp/j/keikaku/syokubunka/k_ryouri/index.html
平成25年12月、ユネスコ無形文化遺産に登録され、世界から注目を集める「和食」。一方、国内では食の多様化や家庭環境の変化等により、和食文化の存在感が薄れつつあります。
ユネスコ無形文化遺産に登録された「和食」の特徴である、全国各地で受け継がれてきた地域固有の食文化を地域ぐるみで保護し、次世代に継承していくことを目的に、郷土料理の歴史や由来、レシピと郷土料理を生んだ地域の背景等についてのデータベース「うちの郷土料理~次世代に伝えたい大切な味~」を開設しました。
今後、47都道府県の郷土料理のコンテンツを拡充していきます。あなたの「うちの郷土料理」を、楽しんでみてください。
小宮 恵理子さん(農林水産省 食料産業局 海外市場開拓・食文化課 食文化室長)