瀬戸内海の新鮮な小海老を“せんべい”でいただく
加工に適した小海老が獲れる燧灘(ひうちなだ)
香川県の西端に位置する観音寺市は、瀬戸内海のちょうど真ん中にあたる燧灘が目の前に広がる、いりこ漁と「ちょうさ」と呼ばれる大きな山車を担いで練り歩くお祭りが有名な町だ。
観音寺市で昭和25年(1950年)から水産加工業を営んできた株式会社志満秀は、燧灘で獲れた小海老を使った珍味や菓子の製造・販売をおこなっている。志満秀の創業者、島秀雄氏は、もともと魚屋のうまれだったが、好奇心旺盛な性格が功を奏し、魚の販売の他に仕出しなどもおこない商売を徐々に拡大。有限会社島秀水産という珍味加工を主とする会社を興し、瀬戸内海の小海老を使った「えびてつ」と呼ばれる珍味を開発した。
「燧灘は水深が浅く、遠浅の地形なので、いりこだけでなく小海老やシャコなどの甲殻類が豊富に獲れます。また、周囲に島が少ないことから潮の流れが緩やかなので、殻がやわらかくプリプリとした身質で、味が良いのが特徴です。加工に向いているので、先代が目をつけたのではないでしょうか」。
そう語ってくれたのは、三代目にあたる現在の代表取締役社長、島光男さん。どうやら先代は好奇心だけではなく商才にも長けていたようだ。
「えびてつ」は、小海老のアタマをとり、胴体の殻をむき、しっぽだけを残してタレにつけ込み、鉄板ではさんで焼いたもので、当時の農林大臣賞を受賞するなど、大ヒットとなる。その一方、「えびてつ」を作る過程で、しっぽがとれて使えなくなった海老の使い道に頭を悩ませていた。そこで考案されたのが、「えびせんべい」だ。せんべいは日持ちすることから販路は全国に拡大し、今では「えびせんべい」は志満秀の看板商品となっている。
手作業行程が多い「えびてつ」に比べ、「えびせんべい」は効率よく作れるのかと思いきや、そうではない、と島さん。
「小海老漁の最盛期は夏で、7月から8月にかけて鮮度の良いものがあがってきます。せんべいは最終的に焼き上げてしまうので、鮮度は関係ないと思われるかもしれませんが、志満秀の「えびせんべい」はそこが肝になっています。だから工場も職人の手を要所要所で加えて、一つひとつ丁寧に作っているのです」。
いったいどんなせんべい作りをしているのか。早速工場を案内してもらった。
鮮度にこだわった志満秀のせんべい作り
「えびせんべい」作りは、えびの殻むきから始まる。すべて手作業でおこなうのだが、同時に海老の種類とサイズの選別もおこなう。人の手とはいえすごいスピードで海老の殻がむかれていく。聞けばみなさんこの道10年?20年という大ベテランだそう。海老を見極める職人の目が光る。
殻をむいた海老は機械でゴミをとり、姿焼きにするものはそのまま、加工するものはペースト状にする。多くの「えびせんべい」は、このペーストに味付けをして「ばれいしょでん粉」を混ぜて焼くのだが、焼くまでに鮮度が落ちないように常に低温管理を心がけているそう。
「凍ってもいけないし、温度が少しでも高くなってもだめ。温度管理が命なんです」と語ってくれたのは、工場長の大谷さん。大谷さんは観音寺市出身で、幼いころから小海老漁を見て育ったそう。
「海老の美味しさは知り尽くしている」と胸を張るエキスパートが、えびせんべい作りを支えている。
下準備をしたら、いよいよ焼きの行程だ。なかでも特徴的なのが、志満秀の中でも一番高級とされる、「車えび頭焼」だ。頭としっぽがついた大ぶりの海老一尾にタレをつけて、鉄板にのせ、何やらハンマーのようなものでたたいている。
「頭焼きは袋におさまるサイズが決められているので、その規格に合わせるためにたたいて成型します。海老の身がうすくつながった状態にするのですが、身の固さは一つずつ微妙に違うし、季節によっても変わるので、人間の指先の感覚で確かめながら広げないとどうしてもムラができてしまいます。この作業は熟練の職人でなければできません」と大谷さん。頭焼きが他と比べて高級なのもうなずける。
それにしてもフライにして食べたくなるほど立派な海老をせんべいにするのはちょっともったいないような気が……。
「海老はせんべいにして焼き上げるときに、でん粉と混ざり合ってうまみがぎゅっと凝縮します。もちろんそのまま食べても美味しいですが、生でもなく、天ぷらでもなく、せんべいにしか出せない海老のうまみがあるのです」。
現在は、燧灘をはじめ各地で獲れるやわらかい海老を、旬の時期にその年に作る分だけ加工し、徹底した温度管理で鮮度をキープし、「えびせんべい」に仕上げる。そのこだわりは、単なる菓子作りというよりも鮮魚を扱い繊細な料理をしているような感覚に近いのかもしれない。
焼きたての「えびせんべい」をいただいた。志満秀の原点でもあるシンプルなせんべいだが、サクサクとした歯触りの良さに続いて、海老のまろやかな風味がふわりと広がる。殻が入っていないので、香ばしさよりも、上品な海老の香りがなんとも言えず癖になる。このベーシックなせんべいから始まり、今では商品の種類は40?50種類ぐらいあるという。最近ではチーズをはさんだ「クアトロえびチーズ」という商品まで開発したそう。もちろん原材料はすべて海老。この独特の海老の風味は是非一度食べてみてほしい。
たくさんの種類があるが、そのすべてを取り扱っているのは高松本店だけだそう。旅行がてら、瀬戸内の魚介をせんべいで味わうのもまた乙ではないだろうか。