わずか1ヶ月の“旬”を追いかけて。あんずの里・千曲市森地区を訪ねる

姫がもたらしたあんずの木が、まちの名物に

全国有数のあんずの産地として知られる千曲市森地区。一説によると今から350年前、松代藩三代目藩主・真田幸道に嫁いだ伊予宇和島藩(現在の愛媛県宇和島市)の豊姫が、故郷を思い出せるようにとあんずの苗木を持参。それが善光寺平(長野盆地)に広がったとも言われている。

姨捨山のふもとに広がる扇状地である森地区は、千曲川にほど近い山の中の集落。扇状地だけに石や砂利を多く含むいしがら土壌で、他の作物はなかなか育ちにくかったが、あんずとはとても相性が良かったらしい。

「全国的に養蚕業が盛り上がったことで、一時はこのあたりも桑畑が広がっていましたが、昭和40年代後半くらいからあんずの生産に力を入れるようになったと記憶しています。雨が多すぎず、水はけの良い土壌があんずに合うんじゃないかと。あんずまつりの時期は、まち中に薄ピンク色の花が咲いて素晴らしいですよ」」と話すのは、あんず農家の近藤修司さん。今年は稀に見る豊作に恵まれたそうで、猫の手も借りたいほど忙しい収穫作業に追われていた。
収穫は約1ヶ月間。またたく間に過ぎるあんずの“旬”
あんずは他の果樹に比べて収穫適期が短い。3月下旬〜4月にかけて花が咲くと、4月〜5月に急いで摘果作業をする。6月中旬ごろには実が大きく育つので収穫開始。7月の中旬くらいまでの約1ヶ月で穫りきる必要があるため、農家は大忙しになるのだ。

「今年は異例の豊作だったので、摘果も収穫もいつも以上に急がないと間に合わないくらいでした。摘果は5月20日くらいまでにやらないと中の種が固くなってしまって、それ以上大きくならなくなるんです」。

ちなみに今年の豊作の理由は、4月の遅霜の被害がなかったことが大きいそう。例年なら遅霜で気温がマイナス2−3℃になり、一部の実が傷んで駄目になってしまうが、今年はそこまで気温が下がらなかったため大きな被害がなかったのだそうだ。

森地区に入ると、道の両脇にも民家の脇にも、どこを見てもあんずの木が目に入る。訪れたのは7月初旬で、平地の果樹園ではほぼ収穫が終わっていたが、山手にある近藤さんの果樹園ではオレンジ色のあんずがまだたくさん実っていた。収穫に駆り出された近藤さんの友人たちは袖をカットした浴衣を着て、実をもぎっては袋状になった背中の布の部分に入れていく。このあたりでは伝統的なあんず収穫スタイルらしい。
そのまま食べても加工しても。さまざまな品種をたのしむ
一言であんずと言っても、実は品種ごとにその味わいや食感はさまざま。ジャムなどに加工するイメージが強い果実だが、長野県では生でそのまま食べられる品種の開発にも力を入れてきた。近藤さんの畑にもいくつかの種類が栽培されており、一つ一つ見せてくれた。

「1番左の『信山丸(しんざんまる)』は長野県生まれの品種で高級品。小さめで実はしっかり、酸味も甘味もあり洋菓子店から人気です。その右下の『昭和』は、昭和初期に千曲市で誕生した品種。酸味が強いので、ジャムやドライフルーツに加工されることが多いです。真ん中上の少し赤みがかったあんずは『信州大実(しんしゅうおおみ)』。その名の通り実が大きめで長野県生まれ。酸味と甘味のバランスが良く、熟せば生でも食べられます。1番右の『ハーコット』はカナダの品種で甘味が強いので生食にぴったりです」。

「食べてみて」とあんずを渡してくれる近藤さん。実は表面の縦線に親指を当てて左右にひっぱると、綺麗に2つに割れる。加工に向いている品種はたしかに酸味が強く、果肉の歯ごたえがしっかり。逆にハーコットは完熟で、プラムのような味わいがする。
「生で食べてもおいしいでしょう?あんずはスーパーに並ぶことがあんまりなく、生産量も少ないのでなかなか知名度が上がりませんが、いろんな方に食べてほしいなと思います。ちなみに私は毎食後、あんずジャム入りのヨーグルトを食べています」。

シーズンになると、まちのあちこちでフレッシュなあんずを買うことができるほか、あんずを使ったパンやスムージー、お菓子なども楽しめる千曲市。ぜひ実りの季節にあんずの里を訪れてみてはいかがだろうか。
長野県千曲市のあんず
情報提供:あんず農家 近藤修司さん
“旬”の時期
6月中旬〜7月中旬
目利きポイント
皮に張りがあり、赤みがかった橙色になっていること。また良い香りがするもの。
美味しい食べ方
生食の場合は冷やしてそのまま。酸味のある品種はジャムやフルーツソースにして。