種を守り、文化を守る。歴史とつながる「ながさき伝統野菜」

海の向こうからきた長崎独自の野菜
古くから栽培され、地域の食文化とも密接に関わる伝統野菜。長崎といえば鎖国時代も海外に開かれていた唯一の貿易拠点であり、この地で育まれてきた伝統野菜も海を渡ってやってきた。

「ながさき伝統野菜の歴史をたどると、中国の山奥の地域で育っていたものだと言われています。300年ほど前から徐々に日本に伝わり始め、当時から姿形も変わっていません」と、話すのは、ながさき伝統野菜保存会の会長を務める中尾順光さん。

一年中安定して収穫できるように品種改良された現代の野菜とは違い、独自の味や香りといった個性が光る伝統野菜。行事食に欠かせない野菜でもあり、種を途絶えさせることは、長崎の食文化を失うことにもなってしまう。中尾さんは25年ほど前に「ながさき伝統野菜」を作り続けていた最後の農家が廃業すると聞き、種を引き継ぐことを決意。賛同する農家を集めて保存会を立ち上げ、みんなで「ながさき伝統野菜」を栽培しながら守ってきた。また野菜をつくるだけでなく、料理人や販売店にアプローチをしたり、小学校で生徒への栽培指導を行ったりと普及活動にも尽力。現在は市外の若手農家にも種を分けるなど、活動は長崎県全体に広がりを見せている。
葉物に根菜。色とりどりの「ながさき伝統野菜」

「ながさき伝統野菜」の品種はほとんどが冬野菜。秋に種まきをし、冬の時期だけ収穫される。昔は水やりを効率的にする重機もなく、夏の野菜が生き残るのは難しかったのではないか、と中尾さん。畑についていくと数種類の「ながさき伝統野菜」を見せてもらうことができた。

「唐人菜」はその名の通り中国からきた葉野菜。花びらのように美しいことから、葉牡丹の代わりに植木鉢で育てて床の間に飾ることもあったそうだ。品種としてはチンゲン菜に近く、白菜とキャベツの間のような味わいがする。

からし菜の一種である「長崎たかな」は、ピリッとした辛味が特徴で、一般的な高菜よりも茎が丸くて細い。漬物にはもちろん、色がきれいなのでレストランではすり潰してソースに使われることもある。

どっしりと重みのある「辻田白菜」は白菜の元祖の品種。白菜といえば葉が丸く巻いた形が一般的だが、中国から入ってきた当初は違ったそうで、1919年頃に辻田長次郎が品種改良をしたことでこの形に変化した。ちなみに辻田氏は中尾さんの曾祖父にあたるそうだ。スーパーで見かける白菜よりも葉の白色が美しく厚みがあり、食べるととても甘い。

別の畑には、色鮮やかな根菜が植えられていた。土から抜き出すと赤紫色の「長崎赤かぶ」と「紅大根」が現れる。
「長崎赤かぶ」の伝来は伝統野菜のなかで最も早い約300年前。赤カブ自体は他の地域でも存在するが、「長崎赤かぶ」は西洋系の品種のため紫がかった鮮やかな色が特徴で料理にも映える。

「紅大根」は深い赤色で、切ってみると白の中に放射状に入った赤い線が美しい。肉質はカリッと歯ざわりが良く、そのまま生で食べても味が濃い。
伝統野菜は人工的に改良されていないため、病気などに弱く、栽培は難しい。しかし自然のままであるからこそ、均一化された一般の野菜にはない力強い味わいがある、と中尾さんは話す。
「伝統野菜は一般の品種に比べ鳥や虫に狙われやすいんです。最初は不思議に思ったけど、鳥や虫も何百年も前から生きているでしょう? だから伝統野菜のほうが馴染みがあって美味しく感じるんだと思うんです。料理人のみなさんも食べると個性ある味わいにびっくりされますよ」。
長崎の冬を彩る郷土の味
地元の伝統行事にも「ながさき伝統野菜」は欠かせない。たとえば「唐人菜」は正月に食べる長崎雑煮に必ず入る食材で、年末に出荷のピークを迎える。節分には“赤鬼の腕”に見立てた「紅大根」を食べることで鬼退治につながると言い伝えられており、なますに仕上げて食べるのが伝統だ。また毎年10月に行われる大祭「長崎くんち」では、華やかな祭りに合わせて「長崎赤かぶ」で作ったカラフルななますを食べる。

長崎の文化を継承するためにも、中尾さんは伝統野菜をつくり、種を残す。近年は秋から冬にかけての育成期に気温が下がらず、収穫時期がずれてしまうこともあるが、それでも行事に間に合うようにと大切に伝統野菜を育てている。

「300年前の野菜が食べられることは奇跡。長崎の文化を伝える価値あるものなので、絶対に残さなければと思っています。今後は県外の方にもぜひ食べてほしいですね」と中尾さん。長崎にしかない伝統野菜。ぜひ地元で味わってみてはいかがだろうか。