都市農業を実践する、アンドファームユギの現在地
アンドファームユギのルーツと地域への想い
多摩センター駅から車でおよそ10分、八王子市堀之内地区の旧道を進むとツタの絡まる牛舎が目に飛びこんでくる。ここではかつて酪農が営まれており、現在は「アンドファームユギ」が拠点として再利用している。広々とした牛舎はイベントスペースに生まれ変わり、二階にはオフィスも併設。沿道に立つ巨大な飼料タンクもいまでは看板がわりになっている
「堀之内地区は多摩における“酪農発祥地”だとされています。私たちにこの場所を提供してくれた鈴木亨さんも、このあたりでは名の知れた酪農家でした。現役を退いた現在も若手の育成に積極的で、私たちにとってメンターのような存在。とくに都市農業にまつわる取り組みには強い影響を受けています」。
そう話すのは、アンドファームユギで養蜂を担当している長谷裕介さん。創業期を知る長谷さんは、アンドファームユギの成り立ちを次のように話す。
「2013年に前身の『FIO』(フィオ)が新規就農者3名によって立ち上げられました。この屋号はFresh(新鮮であること)、Integrity(誠実であること)、Organic(有機的であること)の頭文字からとったもの。立ち上げメンバーであり現代表を務める大神辰裕は、当時、子どもが生まれたばかりで『食の安心』に強い関心がありました。私たちが農薬や化学肥料を使わずに野菜をつくっているのも、その想いからはじまっているんです」
農薬や化学肥料を使わないのは「土壌に負担をかけたくない」からでもある。つまり、彼らの誠実さは消費者だけではなく、環境への配慮にも向けられているわけだ。FIOに込めた理念は現在も受け継がれ、野菜のブランド名として生き続けている。
「2018年に屋号をアンドファームユギに改めました。農地所有適格法人となったことで、農地の借り入れだけではなく所有も可能になりました。そして2024年には有機JAS認証を取得し、私たちの活動がより確かなものになったと感じています」。
「ユギ」は、かつてこの地に存在した由木村への敬意が込められている。由木村は1964年に八王子市と合併し、地図上から消えてしまったが、その名はアンドファームユギが受け継いだ。それは単に地名にちなんだものではなく、地域に根ざし続ける覚悟の表れでもある。
都市農業から見えてくる多様な共存のかたち
アンドファームユギでは現在、ニンジン、ルッコラ、ズッキーニ、カブなど、約30種の野菜を栽培。独自のオンラインショップを開設するほか、都内外のスーパーや小売店、飲食店等に野菜を提供している。
長谷さんが「新規就農者あるあるです」と笑うように、アンドファームユギの農地は、小規模な農地が拠点の周辺に分散している。
そのうちのひとつは、なんと都道155号のすぐそば。足元には里山らしい農地が広がり、視線を上げた数メートル先では、車が絶えず行き交う。農地と道路からなる不思議なコントラストは、都市農業ならではの光景だ。そこでは、ビニール状の小さなトンネルの中でかつお菜が出荷のときを待っていた。
「冬場の一押しは、かつお菜です。主に福岡県で栽培されている葉野菜なんですが、福岡出身である大神の意向から、うちでも取り扱うようになりました。かつお菜はゴジラの皮膚のようにゴツゴツした見た目ですが、うま味は抜群。縁起物でもあるらしく、博多雑煮の具材に欠かせないそうです。他にも冬場は、ニンジン、大根、さつまいもも美味しくなる時期。とくに、ニンジンは甘みが強くなって、苦手な人でも満足できるはず」。
有機農業は虫との戦いだ。野菜の美味しさを保ちつつ、いかにして虫と共存していくのか――。手間と苦労の積み重ねが現在のアンドファームユギをかたちづくっている
「たとえばかつお菜はアブラナ科なので、春になると菜の花を咲かせるんです。その花の蜜を、私が飼育しているミツバチがエサにする。人間が野菜づくりに四苦八苦しているなか、小さな共存社会が成り立っていることがとても興味深いです」。
「エシカルファーミング」から生まれる新たなコミュニティ
アンドファームユギは、2022年からCSA事業「エシカルファーミング」に取り組んでいる。「CSA」とは「Community Supported Agriculture」の略で、生産者と消費者が相互に支え合う仕組みのこと。消費者は代金を前払いすることで、農産物を定期的に受け取れる一方、不作時のリスクも生産者と共有する。収穫量や作物の出来に関わらず代金は一定であるため、生産者は資金繰りが安定。結果、持続可能な農業経営の基盤を築くことにつながる。
現在は、CSA会員向けのシェア農園も開放。20組ほどの会員がひとつの区画を共同で管理し、種まきから収穫までの期間が1年で完結する一年生作物や、ローズヒップやラズベリーなども育てている。意外にも、近隣住民より市外から足を運んでくる会員が多いという。
「個人で楽しむ分には家庭菜園や市民農園で充分です。けれども、CSA会員の方々は『みんなで野菜を育てて、みんなで収穫する』仕組みに魅力を感じているように思います。私たちは最低限のサポートしかしないので、どれだけ収穫できるのかは会員の方々の頑張り次第。もちろん手間や苦労はかかりますが、それもまた醍醐味。農業って、シンプルに楽しいんですよ」と、長谷さん。
CSA会員が主体的にイベントを開くことも珍しくない。会員たちでパンやピザを焼く会もその一例だ。開催当日にはシェア農園の一角にある石窯が大活躍するという。
「そんな石窯も最近、ヒビ割れが目立ってきたので、みんなで補修するつもりです。補修する材料は、泥と藁、それに漆喰だけ。日常生活ではまず考えつかない作業ですよね。でも、農園に限らず、実地に則した手仕事を体験することが大切なんです。その積み重ねによって、本当の意味での “健やかさ”が見えてくるのではないでしょうか」。
エシカルファーミングは、里山と住環境が共存するこのエリアの特性を活かした画期的な試みだ。アンドファームユギは地域に根ざしながらも新しいアイデアを取り入れ、都市農業の在り方をこれからもアップデートし続ける。