200年近い歴史を誇る味噌蔵・萬年屋が守り続ける味噌玉製法
松本市で暖簾を守り続けてきた味噌蔵「萬年屋」
国宝・松本城を中心にして、城下町の風情が残る長野県松本市。かつての武家屋敷と町人街の境目で、190年以上に渡って味噌づくりを営んできたのが萬年屋だ。天保3年(1832年)の創業当時は麹屋だったと思われるが、明治時代のなかばから次第に味噌の製造をはじめた。
昭和初期建築の土蔵作りのファサードは、通りでもひと際目を引く佇まい。店内には、併設の工房で仕込んだ味噌がずらりと並ぶ。味噌玉製法の主力製品は、原料となっている麹の使用量が多い順に「極味」(きわみ)、「豊麗」、「神撰」(しんせん)、「秘蔵」を取り揃える。
「極味」であれば、原料1kgの大豆に対して1.5kgの麹を使用。麹歩合で言い表すと「15割麹」となり、甘口に仕上がる。「6割麹」の「秘蔵」は対照的な味わいで、キリっとした辛口。いずれの味噌も食べたあとにチーズのような風味がじんわりと舌に残る。
チーズ菌が住み着く蔵で、1300年以上前に伝来した「味噌蔵製法」を徹底
この独特の味わいは、萬年屋の蔵に住み着いたホワイトチーズ菌の働きと、代々伝わってきた「味噌玉製法」によるものだ。大手メーカーが手がけている味噌の多くは、一度熟成させただけで市場に出回る。しかし、萬年屋が取り入れている「味噌玉製法」では、二段仕込みの熟成を経て完成に至る。
「味噌が日本の歴史資料に初めて登場するのは飛鳥時代。701年制定の『大宝律令』に記された「未醤」(みしょう)にルーツがあるとされています。萬年屋の『味噌玉製法』は、その当時とほぼ変わらない仕込み方です。大陸から伝来した製法だと考えられていますが、おもしろいことに、ネパールやブータンなどに根づいている照葉樹林文化でも似たような発酵食品が食べられているそうです」
そう話すのは、萬年屋の6代目当主・今井誠一郎さん。先代当主である父・文夫さんが1970年代に「味噌玉製法」を復活させて以来、萬年屋の味を守り続けている。
「大量生産が求められた戦中・戦後は『味噌玉製法』が途絶えていました。やがて高度成長期を迎えると、大手メーカーによる味噌の大量生産がはじまります。いわば、味噌の工業製品化です。私たちのような小規模の味噌蔵が対抗するためには、独自の味を提供しなくてはなりませんでした。そこで着目したのが『味噌玉製法』だったのです」
長野県内には、大小100軒程の味噌蔵が集中しており、味噌の国内生産量の半分程度を担っている。しかし、そのなかで「味噌玉製法」を取り入れている味噌蔵は、萬年屋を含めて5軒程度に過ぎないという。
年間で約10tの味噌を仕込む、その工程
現在の蔵は、戦後に帝国陸軍五十連隊の倉庫を移築改装したもの。先代当主によって機械化が進められ、製造体制が少しずつ整備されていった。
味噌づくりが行われるのは、例年3月から4月にかけて。気温が低い冬は味噌玉の熟成が進まず、夏は暑さで熟成を待たずに腐敗してしまう。そのため、今井さんはこの3月末〜4月末の1ヶ月で年間出荷量の約10t分を一気に仕込む。
作業は今井さんと女将、そして3、4名の学生アルバイトで進められる。大まかに7工程に分けられる製造過程を詳しくご紹介しよう。
①大豆を蒸して潰す
最初の工程は、大豆の洗浄。乾燥した大豆を水洗いしたのち、水に浸漬。丸一日かけて水分を吸収した大豆は元の2倍近い原料540kg、窯出しは1tを超える重さになる。これを工場3階にある大型の圧力釜に投入し、蒸しあげる。釜出しの瞬間は、あたりに蒸気が立ちこめてサウナ状態に。暑さと闘いながら圧力釜から大豆を掻き出し、階下のチョッパーに送りこんでいく。
②味噌玉をつくる
続いて、粘土状になるまで攪拌された大豆を「味噌玉」に成型する。「玉」といっても、形状は円柱に近い。高さは30cmほど、重さは1個6kgを目安にしている。一度につくられる「味噌玉」は180個前後で、これを仕込み期間中に6回繰り返す。
③味噌玉を熟成する
そこから「味噌玉」を工房の棚に並べて、3週間熟成させる。このとき「味噌玉」のなかでチーズ菌や酵母などが作用して、萬年屋独自の風味を生み出される。殺菌効果のある塩を入れていないので、微生物や菌の活動も活発。「2018年の調査で、蔵にチーズ菌が住み着いていることが実証されました。最初は寝耳に水でしたよ」と、今井さん。
④味噌玉を洗う
「味噌玉」の亀裂から泡がにじみ出てきたら、熟成を迎えたサイン。このころになると「味噌玉」の表面が白カビで覆われる。チーズ菌由来のカビなので人体に悪影響はないのだが、強烈な風味があるためタワシでごしごし洗い落とす。
⑤味噌玉を砕く
「味噌玉」を水でふやかしたら、粉砕機で細かく砕く。
⑥麹・塩・水と混ぜ合わせる
砕いた「味噌玉」に、自家製の麹と塩、水を混ぜ合わせる。
⑦再熟成
再び熟成。タンクに入れて熟成を促せば、あとは秋の出荷を待つだけだ。
なお、一般に流通している大手メーカーの味噌は、促成醸造により一か月間ほどで完成する。対する萬年屋の味噌の熟成には最低半年かかる。麹や「味噌玉」などの管理も難しく、つくり手の経験がものをいう。
「萬年屋の味噌作りに欠かせない、味噌玉の熟成に適した気温は15℃から20℃。ところが、2020年の春は気温がなかなか上がりませんでした。苦肉の策で、工房内にヒーターを導入してなんとか熟成させました。毎年の気候に左右されますから、気が抜けません」
伝統を重んじながら、新たな道を切り拓く
「味噌玉製法」の味噌は、一般的な味噌と同様に様々な料理に活用できる。今井さんのおすすめは味噌汁で「豆腐を入れると味噌の美味しさが引き立つ」とのこと。また、キュウリやニンジンなどの生野菜にそのままつけても味噌の味をダイレクトに楽しめる。
今井さんは萬年屋の伝統を重んじながらも、新たな取り組みを積極的に進めている。当主を継いでからは地産地消を意識して、味噌玉に使う大豆を県内産・松本産に切り替えた。松本市四賀地域にある棚田のオーナーにもなっており、その棚田で採れた米は味噌づくりに使う麹の原料になっている。
「新しい価値を提供し続けることが萬年屋の伝統を守ることにつながる。味噌玉づくりはとても手間がかかりますが、ここでやめてしまうと味噌の画一化が進み、やがて食の多様性も失われてしまうでしょう。幸いなことに息子も今のところ稼業に関心を示してくれていて、手伝ってくれることもあるのですが、小さな頃から現場を肌で感じてきたからこその判断や動きに頼もしさを感じています」
伝統製法を復活させてから約半世紀、萬年屋は時代の潮流を捉えながら唯一無二の価値を提供し続ける。今も、そしてこれからも。
※掲載されている一部の画像については、取材先よりご提供いただいております。