“地のもの”を活かした鹿児島の郷土料理 さつまあげ
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鹿児島の風土が生んだ知恵の産物
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鹿児島の郷土料理として有名な「さつまあげ」。地元では“つけあげ”と呼ばれており、酒のつまみや弁当のおかずとして日常的に親しまれている。江戸時代、大量に獲れる小魚を温暖な気候で駄目にしてしまわないようにと、すり身にして鹿児島の地酒や砂糖で味付けし、菜種油で揚げて保存食にしたのが「さつまあげ」の始まり。発祥は琉球から伝来した魚肉のすり身を油で揚げた「チキアーギ」という料理だという説や、薩摩の名藩主・島津斉彬公が地元ならではの魚料理として考案したという説など、諸説伝えられているが、いずれにしても鹿児島の風土が生んだ知恵の産物と言える一品だ。
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この「さつまあげ」の美味しさを、県外により広めようと力を尽くしているのが、南海食品が手がける「月揚庵」だ。
「鹿児島では昔から砂糖をふんだんに使った料理でおもてなしをするという習慣があり、鹿児島の『さつまあげ』は甘いものが多いのですが、『月揚庵』ではあえてその甘みを抑え目にしています。そうすることで全国どこの地域の方にとっても食べやすく、魚や中に入れる具材など、素材の風味も生きてきますから。鹿児島の地酒や焼酎、黒砂糖といった地のものも『さつまあげ』作りには欠かせません」そう話すのは南海食品専務の鮫島隆光さん。鹿児島で長きに渡って受け継がれ、今や全国に知られる名物になった「さつまあげ」。今なお多くの人に喜んでもらおうとその美味しさに磨きをかける「月揚庵」の「さつまあげ」の秘訣に迫った。
味の要は昔ながらの地酒「灰持酒」
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魚のすり身を油で揚げる。「さつまあげ」作りはシンプルがゆえに、一つひとつの食材選びに手を抜けない。「月揚庵」ではメインのすり身には、イトヨリダイやスケトウダラなどの白身魚を使用。地元では青魚で作るところも多いが、白身魚を使うことで口当たりよく上品な味わいに仕上げている。揚げ油は鹿児島県でよく使われている菜種油。揚げ上がった「さつまあげ」からは香ばしい豊かな香りが広がる。そして、もっとも重要な味つけには、地酒と焼酎、黒砂糖が使われる。なかでも「さつまあげ」の柔らかな甘みと照りを生むのが、灰持酒(あくもちざけ)と呼ばれる地酒だ。「月揚庵」では創業明治5年(1872年)の蔵元・本坊酒造の「宝星地酒」という銘柄のみを昔から使っている。鹿児島の焼酎には馴染みがあるが、地酒とはどんなものなのだろう。我々、取材班は鹿児島県 南さつま市にある本坊酒造の工場へ行ってみることにした。
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なんとも雰囲気のある石造りの蔵が並ぶ敷地の一番奥に、灰持酒「宝星地酒」の製造工場はあった。灰持酒は清酒造りが薩摩に伝わった1600?1700年代にかけて製造が始まったとされていて、その造り方は今も変わらない。さっそく、ここで働いて40年以上になるという酒職人・川床健三さんに灰持酒のことを教えてもらった。
「灰持酒という名前は、文字通り“灰”を入れることからきています。鹿児島県産の米で作った麹に水と酵母を加えて発酵させ、保存性を高めるために灰を加えるのです。日本酒は火入れをして殺菌しますが、灰持酒は一度も火入れをしないという昔ながらのやり方です。毎年気温の低い12月?3月までの間に、じっくりと酵母を発酵させ製造を行います」
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トクトクトク…とグラスに注いでみると、美しい琥珀色に甘い香りが漂った。口に含んでみると、ほのかに酸味が感じられる甘い香りと濃厚さ。灰持酒は料理酒としての使われ方が一般的。伝統的な製法で造られたこの料理酒が「さつまあげ」を始めとする鹿児島の郷土料理の味の要になっていたのだ。
ここでしか味わえない揚げたて“旬”の味
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「冷めてもおいしい『さつまあげ』ですが、やはり地元で食べる揚げたての味は格別です」と話す鮫島さん。鹿児島を代表する繁華街・天文館通にある「月揚庵」の店舗では、揚げたての「さつまあげ」を食べることができるというので訪れてみた。
店頭にあるガラス張りのブースの中で香ばしく揚がる「さつまあげ」たち。シンプルな「棒天」や「野菜天」など数多くの種類がショーケースの中に並ぶ。店内には席も用意されていて、観光やお買い物の合間にうれしいお茶のサービスも。さっそく揚げたての「チーズ天」をいただいてみると、ふわふわとした食感と魚の旨みが口の中に広がった。揚げたての「さつまあげ」を片手に、食べ歩きしながら街を散策するのも良さそうだ。
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「月揚庵」は季節に合わせてその時々の“旬”の食材をとり入れた限定の「さつまあげ」も登場する。今回お目にかかれたのは、鹿児島県特産の秋の味覚・さつまいもを練り込んだ「さつまいも天」。たっぷりと入ったさつまいものほくほくとした甘みが、すり身の風味とよく合う。そのほか、春には「菜の花天」、夏は「コーン天」、冬は「かぼちゃ天」など、その時期ならではの味わいを楽しむことができる。
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鮫島さんいわく「持ち帰り用の『さつまあげ』も軽く炙ってから食べるのがお薦めです。炙ると地酒の風味が立ち上がってより美味しいですよ。なんといっても芋焼酎に合わせて食べるのが最高ですね」とのこと。揚げたての「さつまあげ」と芋焼酎といった地のもの同士の最高の相性を味わいに、ぜひ一度、鹿児島に足を運んでみてほしい。