相撲文化が生み出した食の知恵、ちゃんこ鍋

東京都墨田区
ちゃんこ鍋
(取材月: November 2021)
日本を代表する武芸である「相撲」。激しくぶつかりあう力士たちの屈強な体作りに欠かせないのが「ちゃんこ鍋」である。相撲部屋における日常食であり、親方と弟子の親睦を深める役割も果たす鍋料理。そのルーツを辿るべく、ちゃんこ鍋専門店が建ち並ぶ東京都・両国のちゃんこ専門店を訪ねた。

相撲のまち両国とちゃんこ鍋のはじまり

『相撲錦絵』より「勧進大相撲土俵入之図」
『相撲錦絵』より「勧進大相撲土俵入之図」
出典:国立国会図書館デジタルコレクション

相撲の歴史は古く、その起源は『古事記』(710年)や『日本書紀』(712年)の中の神話や伝説にもみられる。奈良平安時代には宮廷行事として「相撲節会(すまひのせちえ)」が約400年間毎年行われていた。その後、武家社会になると、寺社・橋梁の修復のための喜捨を目的とした「勧進相撲」へと形を変え、江戸時代には、興行の仕組みや取り組みの様式など諸制度が確立されていった。

両国の風景

相撲常設の施設である国技館が両国にできたのは1909年のこと。以来、国技館は失火や関東大震災、第二次世界大戦中の空襲で幾度も焼失しつつも再建され、今なお両国は相撲興行の中心地となっている。

さて、相撲にまつわる料理として真っ先に思い浮かぶのは、ちゃんこ鍋だろう。今では、一般的な料理となったちゃんこ鍋だが、その起源は、明治時代に活躍した十九代横綱・常陸山(ひたちやま)にあるとされている。当時、常陸山の率いる出羽海(でわのうみ)部屋には入門者が殺到し、料理の準備や配膳に大変な手間がかかるため、一度に大量に作ることができる鍋料理が日常的に食べられるようになったという。

魚や肉、野菜がたっぷり入った鍋料理は栄養バランスの面でも優れており、力士にとって理想の食事だった。その噂は各相撲部屋に広がり、やがて力士たちの定番料理として浸透し、部屋ごとに秘伝の味が受け継がれていった。

ちゃんこ鍋

使う食材はそのときどきの仕入れ次第。ぶつ切りにした肉や魚、野菜がぐつぐつと煮える鍋は、「豪快」の一言に尽きる。まさに、力士たちの勇ましさをよく表した一品である。昔は験を担いで、「土俵に手をついて負ける」ことを連想させる四つん這いの動物を避け、魚や鶏肉がちゃんこの具材としてよく使われていたが、現在では牛肉や豚肉が使われることも珍しくない。

国技館のある両国には相撲部屋も多かったため、引退した力士がちゃんこ鍋店を立ち上げるほか、観光客向けにちゃんこ鍋を提供する店が現れるなど、いまでは多くのちゃんこ専門店が軒を並べ、ちゃんこ鍋は両国を代表する料理となっていった。

元力士が創業した、ちゃんこ鍋専門店を訪ねる

ちゃんこ巴潟

今回訪れたのは、東京都・両国のちゃんこ鍋専門店「ちゃんこ巴潟(ともえがた)」。まずは、「ちゃんこ」の語源について女将の工藤みよ子さんにお話を伺った。

そもそも「ちゃんこ」とは、なんなのか。

ちゃんこ巴潟女将の工藤みよ子さん

「力士たちが食べる料理の総称です。カレーライス、スパゲティ、ラーメン……相撲部屋の料理担当であるちゃんこ番が作れば何でも『ちゃんこ』。つまり、ちゃんこ鍋はそのなかの一料理なんですよ」と、みよ子さん。

「ちゃんこ」の語源には、おもに三つの説がある。一つ目は、相撲部屋の親方と弟子の関係にちなんだという説。親方と弟子は親子も同然で、「お父ちゃん」を意味する「ちゃん」と「子」(こ)を合体させて「ちゃんこ」という言葉が生まれたといわれている。

ちゃんこ巴潟内観

また、ある相撲部屋では炊事担当をしていた古株の兄弟子や先輩力士を「おじちゃん」の愛称で呼んでいた。おじちゃんの作る料理が転じて「ちゃんこ」に。これが二つ目。そのほか、中国伝来の鉄鍋「チャンクオウ」に由来しているとも。これは、長崎巡業に訪れた力士たちがこの鍋を使った料理に親しんだことをきっかけとする説である。

「ちゃんこの時間は食事だけが目的ではなく、その日の稽古の反省会の場でもありました。弟子たちがぐるりと鍋を囲んで、上座に座る親方からアドバイスを受けるのです。そこには、家族のような連帯感や信頼関係があったのでしょうね」。

巴潟関と小結時代の番付表
左:現役時代の巴潟関の写真
右:小結時代の番付表

「ちゃんこ巴潟」の創業は、1976年のこと。屋号は、創業者である九代目友綱親方(工藤誠一氏)の現役時代の四股名「巴潟」に由来する。巴潟は166cmの小兵ながらも小結まで上った激しい当りが売りの力士で、“弾丸”の異名をとり昭和初期の角界を大いに盛り上げた。

相撲協会を定年退職したのち、友綱部屋跡地で開業したのが「ちゃんこ巴潟」だ。以来45年以上にわたり、こだわりの味を守り続けている。九代目友綱親方とその次男の建次さんを経て、現在はその奥様であるみよ子さんが女将として店を切り盛りしている。

ちゃんこ鍋

「先代店主によると、創業当初はまだこの辺りでちゃんこを出すお店はあまりなくて、うちが三番目にできたちゃんこ鍋専門店だったそうです」。

この10年間、みよ子さんはお店のブランディングにも力を注いできた。会報誌の「巴潟新聞」では創業の歴史や産地レポートなどを紹介。近年は、お好きな味をお1人ずつ楽しんでいただけるよう、「元祖ちゃん個鍋」と名付けたお1人様用のちゃんこ鍋も開発するなど、ちゃんこ鍋の魅力を発信している。

黄金色の鶏ガラスープを使った塩味ちゃんこ鍋

ちゃんこ鍋

「ちゃんこ巴潟」には、友綱部屋に在籍した力士の四股名を冠した4種類の名物ちゃんこ鍋があるが、この日いただいたのは、鶏ガラスープで塩味の「国見山ちゃんこ」。みよ子さん曰く「スープはちゃんこ鍋の命」。スープ作りは朝一番の作業で、8時間以上かけて40キロ余りの鶏ガラを煮こみ続ける。鶏ガラのエキスが凝縮されたスープは、澄んだ黄金色に。ここに適量の調味料を加えて、シンプルな口あたりに仕上げる。

「スープの仕上げは、この道40年以上の総料理長の仕事。味覚が洗練されている一口目で味を見なくてはいけないので、長年の経験と勘がものをいうんです」と、みよ子さん。

ちゃんこ巴潟の国見山ちゃんこ

大きな皿に盛りつけられた食材は、旬の魚、牛肉、鶏肉、帆立貝、白菜、玉ねぎ、ごぼう……と実に多彩。なかでも自慢の一品は、豊洲直送の鰯を使った「鰯のつみれ」である。 職人が一つひとつ手作りしており、ふわっととろける食感に多くの常連客がとりこになった。

「冷凍品は使わず、刺身にも使える新鮮なものだけを使っています。お客さまのなかには、生の鰯を食べているようだと驚く方も。『つみれ』の語源は『摘みいれる』にあるとされています。このことから『白星を摘みとる』という意味で、力士にとっては特別な食材なんですよ」。

ちゃんこ巴潟の国見山ちゃんこ

秘伝の鶏ガラスープのなかに、様々な食材のうま味が溶け込むことではじめて「国見山ちゃんこ」が完成。スープを口に運ぶと、上品なうま味の後を追って、ふくよかな香りが鮮烈に立ち上がる。意外なほど繊細な味わいで、最後の一口まで美味しくいただける。

「新型コロナウイルスの影響で会食を控える時期が長く続きましたが、やっぱり美味しい料理は親しい人たちと楽しみたいものですよね」と、みよ子さん。その最たる料理が、人と人との絆を育んできたちゃんこ鍋なのだ。

ちゃんこ鍋を味わうときは、相撲の歴史が紡いできた食文化とともに団らんの尊さも噛みしめてほしい。

Writer : NAOYA NAKAYAMA
 / 
Photographer : CHIEMI KITAHARA

ちゃんこ巴潟

所在地 東京都墨田区両国2-17-6
TEL 03-3632-5600
定休日 月曜定休(※両国国技館で大相撲開催時は月曜日も営業)および年末年始
営業時間 平日/11:30~15:00(L.O 14:30)、17:00~22:30(L.O 21:30) 土日祭/11:30~15:00(L.O 14:30)、16:30~22:00(L.O 21:00)
URL https://www.tomoegata.com/

※こちらの情報は取材時のものです。最新の情報は各店舗にお問い合わせください。

東京都  観光情報

japan-guide.com https://www.japan-guide.com/e/e2164.html
Japan Travel https://ja.japantravel.com/tokyo
シェア
ツイート

おすすめ記事