食用だけで300種類、春の息吹を届ける「山菜」
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縄文時代から親しまれてきた山菜の滋味
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食卓に“春”を添える「山菜」。もともとは山野を中心に自生する食用の植物を指し、人の手で改良を重ね栽培されてきた「野菜」とは別物として分類されている。
地形が複雑で気候の幅が広い日本列島では、数多くの植物が自生している。山菜も多種多様で、山地や平地、湿地、意外なところでは都市部でも採取できる。食べられるものだけでもおよそ300種。北海道から沖縄県まで、様々な地域で親しまれている。
そのような背景から、山菜は古くから日本人の食文化と密接に関わってきた。富山県小矢部市にある縄文時代の遺跡「桜町遺跡」からは、土器や木の実などに混ざって山菜のこごみが発掘されている。
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日本最古の歌集『万葉集』には、こんな一首も。
<明日よりは春菜摘まむと標めし野に昨日も今日も雪は降りつつ>
春菜とは山菜のこと。「せっかく山菜の在りかに印を残したのに昨日も今日も雪が降る」といった意味合いだ。春の味覚が待ち遠しくて浮き足立つ様子は、現代に通じる情緒があふれている。
「山菜」と呼ばれるようになったのは江戸時代からとする説も。大きな飢饉が度々起こったこの時代、山菜は救荒食品(きゅうこうしょくもつ)として重宝され、様々な種類、食べ方が発見された。米沢藩は、山菜や野草の解説書『かてもの』を領民たちに配布し、来るべき飢饉に備えた。
山菜の促成栽培が本格化したのは1980年代から。流通網が整備されたことで、これまで産地で消費されていた新鮮な山菜が首都圏のスーパーマーケットにも並ぶようになり、より生活に身近なものになった。
老舗仲卸がおすすめする、定番の山菜7選
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“日本の台所”とも評される豊洲市場(東京都中央卸売市場)。その青果棟の一角に店を構えるのが「政義青果」だ。1960年創業の青果仲卸で、通年約200種類の野菜や青果を取り揃えている。そのうち山菜は十数種類ほど。山形県や秋田県の栽培ものが中心で12月から5月にかけて売り場に並ぶ。
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「栽培ものに遅れて4月頃から天然ものが流通しますが、栽培ものの方が天然ものと比べてえぐみが少なく、飲食店からも人気があります。この頃はより美味しく味わってもらおうと、レシピ情報を発信する生産者も増えてきました」
そう話すのは二代目店主の近藤義春さん。「まずは基本の天ぷらで味わってほしい」としたうえで、代表的な山菜を教えてくれた。
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ふきのとう
道端や土手、野原、湿地などに生えている山菜。早春、地下の根茎から伸びてきた「苞(ほう)」に包まれた花茎(かけい)の部分を刈りとる。えぐみが強いのでアク抜きは必須。天ぷらにするとほのかな苦味とほくほくとした食感が楽しめる。そのほか、煮物や炒め物などにも。「定番中の定番ともいえる山菜です。つぼみがギュっと閉じているものが美味です」。
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たらの芽(タラノキ)
タラノキは全国各地に分布する落葉低木。幹に鋭いトゲがあり、1メートルほどもある葉を四方に広げる。5センチほどに育った新芽はたらの芽と呼ばれ食用にする。コクがあり、おひたしや和え物、炒め物など様々な料理に使える万能選手。「アスパラにも似た食感です。豚バラ肉を巻いて焼き物にしても美味しいですよ」。
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こごみ
こごみは、湿った土地の林のなかに群生し、高さ1メートルほどに生長するシダ植物。ぜんまいのようにくるりと丸まった若芽を食べる。くせが少ないので、持ち味を活かした酢味噌和えや白和え、サラダなどにも使いやすい。また、加熱してもシャキシャキとした食感が損なわれにくい。
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つくし
北海道から九州まで広く自生している。漢字で「土筆」と書くように、筆を逆さにしたような形状で地上に出てくる。穂先にあたる「頭」の部分は胞子が詰まっていて、ほろ苦い。茹でたり炒めたりすると目減りするので、天ぷらや網焼きにするとよい。「つくしは、甘辛の味つけで玉子とじに。お皿に飾って季節感を出す料理人もいます」
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わらび
わらびは草地に多い多年草のシダ植物。古くから食用にされており、平安時代に編纂された辞書『和名抄』(わみょうしょう)にも「和良比」(わらび)の名で記されている。採取するときに手が汚れるほどアクが強い。しっかりアク抜きして、炊き込みご飯やおひたし、煮物などに。天日乾燥すれば保存食にもなる。
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うるい
ラッパ状に丸まった若葉や若芽を食べる。アクが少なく、キュキュっとした食感が特長。また、ねぎのような独特のぬめりもある。みそ汁の具や炒め物、おひたしなどがおすすめ。山形県は遮光したハウスで育てたうるいを「雪うるい」の名でブランド化。茎の白さとやわらかさを際立たせており、生でも美味しく食べられる。
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行者にんにく
北海道と近畿以北の本州に自生しており、葉やつぼみ、球根などを食べる。にんにくのような香りがすることから、山岳信仰の行者たちの間で強壮薬として広がり、やがて「行者にんにく」の名が付いたという。生のまま味噌やマヨネーズをつけて食べたり、茹でておひたしや酢の物などにしたりする。「細かく刻んで醤油漬けにすると、お酒のつまみにもなります」
山菜の持ち味を活かした創作料理を味わう
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「山菜を堪能したいならうってつけの店がある」と、近藤さんがおすすめしてくれたのが東京都新宿区にある居酒屋「月肴」(げっこう)である。和食をはじめイタリアンやフレンチなどのエッセンスを散りばめた創作料理が自慢。 栽培ものが出回る1月頃から、お品書きに山菜メニューが並ぶ。
「山菜の提供はまだなの?って、毎年せっついてくる常連さんもいますよ」と、店主の西村幸さん。
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素朴な味わいの山菜も西村さんの手にかかればキラリと光る一品に。一押しは「こごみ、たらの芽の山菜メンチカツ」。「たね」には豚ひき肉をベースに、こごみ、たらの芽、ふきのとうなどの山菜を投入。デミグラスソース、ウスターソースをブレンドしたふき味噌をつけて食べるのが“月肴流”だ。大ぶりのメンチカツにかぶりつくと、脂の甘さと山菜の苦味が口の中で一体となって広がる。
「たらの芽はオリーブオイルで事前に炒めて、程よい苦味を足しています。うるいのシャキシャキ感を残すために火加減にはとくに気をつけています」。
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「まぐろの行者にんにくたまり漬け」も人気メニューのひとつ。油で炒めて出汁醤油に漬けた行者にんにくとさっと湯通ししたうるいを、分厚くカットしたまぐろに添えて冷製でいただく。食べ進めるほどに三者三様の個性が調和していき、つい箸が止まらなくなる。
「山菜の風味は、ほかの食材で代わりがききません。その特長を上手く活かせば、料理の幅もグっと広がります」
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シンプルなレシピはもちろん、手のこんだレシピでも個性を発揮する山菜。多様なレシピの数々は、それだけ日本人の食習慣に根づいていることの現われでもある。
庶民の救荒食材から、誰もが待ちわびる嗜好品へ。時代は移ろいでも山菜の滋味はいまも昔も変わらない。