“旬”の食材を引き立てる「出汁文化」
「旨み」は、「昆布出汁」に含まれるグルタミン酸にも由来する。繊細で優しい味わいの昆布出汁は、関西を中心にして、精進料理や懐石料理に使われるようになり、上方料理の基盤を築いた。
昆布出汁の関東進出に尽力した「吹田商店」
もともと関西で発展した昆布出汁だが、関東での普及に一役買ったのが、築地場外市場に店を構える創業100年を越える老舗昆布問屋の「吹田商店」だ。店を訪れると、五代目店主の吹田勝良さんが迎えてくれた。羽織ったはっぴは、その歴史を感じさせる屋号が大きくあしらわれている。
「創業は明治25年(1892年)。最初の店舗は、大阪市の靫(うつぼ)地域にありました。東京に支店を出したのは昭和2年(1927年)のこと」と、吹田さん。
東京進出にさかのぼること数年前。関東大震災にみまわれ大打撃を受けた東京には、復興事業のために、関西から財閥の要人たちが集められた。ところが、その頃の東京では鰹出汁が主流。質のよい昆布が手に入らず、昆布出汁に慣れ親しんでいた要人たちから、東京でも昆布を売ってほしいという声が上がった。それを受けて、「吹田商店」の三代目店主が東京に店を出す運びとなったという。その長い歴史に裏打ちされた目利きが買われ、卸先には都内近郊の割烹、ホテルのレストランなど名店が名を連ねている。
「吹田商店」が取り扱う昆布は北海道産で占められる。吹田さんは定期的に自ら産地に足を運び、生産者から漁獲量や昆布の質などの情報を集め、気になった産地の目星をつけて仕入れ先をしぼりこんでいくという。
「付き合いの長い料理屋さんは『いつものちょうだい!』という感じ。こちらに目利きをゆだねているんです。そういう人たちにきちっと良いものを出していかないと、長くは続けられないんだよね」と、吹田さんは語る。
昆布出汁のひき方に正解はなし
「吹田商店」で取り扱う昆布はおもに、真昆布、利尻昆布、羅臼昆布、日高昆布、長昆布の5種類。そのうち、出汁用に用いられるのは真昆布、利尻昆布、羅臼昆布、日高昆布。煮くずれしにくい長昆布は、煮物などに向いている。吹田さんによると、プロの料理人は使う料理に合わせて最適な昆布を選んでいるという。
「例えば、真昆布は味わいが上品でお吸い物などに適しています。出汁の試飲で、一般の方から評判がいいのは真昆布。利尻昆布は、塩みがかった味が特徴で、京料理のお椀ものや千枚漬けなどによく使われています。お客さんに出身地を聞いて、関西の方にはこちらをおすすめすることが多いですね。濃い出汁がとりたかったら羅臼昆布でしょう。1000ccの水に10~30グラムの昆布を入れて冷蔵庫に半日置いておく、もしくは弱火で40分ほど過熱して沸騰したら引き上げる」と、一通り話したのち、言葉を継いだ。
「ただ、家庭料理ではそこまでこだわらなくてもいいのかな、とも思います。ひと昔前は、どこの家でも気軽に出汁をひいていたでしょ。質の良い昆布なら沸騰するまで加熱しても、十分美味しい出汁がひけますよ。まずは、家で出汁をひく、ということが大事。料理が美味しく作れない、という人は一度自分で出汁をひいてみて。飛躍的に味が良くなりますから」。
こと昆布の話となると、言葉に熱がこもる吹田さん。それは、昆布問屋として日本の食文化を支えてきた矜持の現れなのだ。
元・昆布問屋が生んだ、おでんの新境地
我々は、実際に「吹田商店」の昆布を出汁につかう料理店を訪れた。東京都新宿区荒木町に店を構える、おでん料理屋「福の川 いしだ」の店主は、20年近く「吹田商店」で番頭を務めた石田英樹さん。長年の出汁問屋での経験を生かし、2017年に店をオ―プンした。
店の看板料理のひとつ「煮ばなおでん」は、おでんダネと出汁が個別に用意されているのが特長。配膳の際に、おでんダネに出汁をかけて提供される。
「グツグツ煮込むと、大根などの食材の味がすべて出汁に抜けてしまいます。出汁と食材、それぞれの美味しさが楽しめるおでんが理想だったんです」と、石田さんは語る。
そこから、汁物などがちょうどよく煮えたことを意味する“煮えばな”にヒントを得て、「煮ばなおでん」が生まれた。
メイン料理となる「穴子の煮ばなおでん」に使われる出汁は、いたってシンプル。水にひたした真昆布を弱火で1時間ほどじっくり過熱したのち、鰹節、ムロアジの削り節、鯖節などを加え、完成する。その風味は、繊細にしてふくよか。これを、表面にうっすらと焼き目をいれた蒸しアナゴにかけていただく。雑味のない出汁と穴子の滋味が味覚を通して、はっきりと伝わり、食後もフワっと余韻が残る。
続いて提供された「椎茸 オクラ 高野豆腐の煮ばなおでん」は、利尻昆布からひいた出汁に、鶏出汁を合わせている。
「料理屋さんの数だけ、出汁のひき方がある。だから、昆布出汁って複雑なんです。吹田商店の昆布は、仕入れてから最低1年間は寝かせているから、良い出汁がひける。現在は、化学調味料も発達していますが、体の中にスっと入ってくるまろやかさは、自然由来の昆布出汁にしか出せません」
昆布問屋と料理人。両方の視点から生まれた渾身の一皿には、昆布出汁の奥深さと可能性が凝縮されている。