まだ知らない魚を食べてほしい。歴60年の職人がにぎる低利用魚の寿司
安くておいしい寿司を食べてほしいから、手間を惜しまず握る
低利用魚が市場に出回らないのには理由があります。知名度が低いものは味が良くても、消費者に売れないリスクがあり、サイズが小さいものは調理に手間とコストがかかるからと、飲食店から敬遠されてしまいます。しかしそこに目をつけたのが、「お魚倶楽部 はま」の店主・濱さん。彼の想いはただひとつ、どんなに手間がかかっても「美味しい寿司を安くお客さんに食べてほしい」ということだけです。
「僕の信条は手をかけること。例えば手のひらくらいの大きさのイシダイが来たら、片身で一貫しか握れないんだよ。でも、旨いでしょ? それに仕入れ値も破格。魚が売りにくいから捨てるじゃなくて、職人の工夫でおいしく食べるようにする。それでお客さんに安く食べてもらえるなら、こんな良いことないじゃない」
“他にはない魚”のにぎりを食べられる、唯一無二の寿司店
「お魚倶楽部 はま」では低利用魚のお寿司を「地魚にぎり」と名付けて提供。京都中央市場に、濱さんが“変わったものハンター”と呼ぶ目利きの仲買人さんがおり、珍しい低利用魚や規格外の魚を見繕っておまかせで直送してくれます。最近はお店で人気のコバンザメを優先的にとっておいてくれるそう。
時には名前も捌き方もわからない魚が入ってくることもありますが、そんな時は濱さんの長年の技と、文明の利器で解決しています。「名前がわからない魚はすぐにFacebookにあげるの。僕の友達はみんな魚関係の人だから、ものの数秒で答えが返ってくるよ。捌き方は長年の勘でできる。寿司を握り続けてもう60年だからね」と、濱さん。お寿司の味もさることながら、兄貴肌な彼を慕うお客さんも多いのです。
東京大学のキャンパス内にあるという立地のユニークさと、珍しい魚が食べられるということで、「はま」には大学関係者以外にも全国からお客がやってきます。
「みんな聞いたこともない魚の寿司を食べて、喜んでくれてるね。普通のお寿司より地魚を食べなさいって僕も言うから。マグロや鯛は他のお店でも食べられるからね」
「地魚5貫握り」は1080円で、この日の魚は、ヘダイ、キアラ、アオチビキ、ヒラスズキ、オナガグレという並び。どれも淡白な白身ですが、食べ比べてみると微妙に味わいや食感の違いを楽しめます。学生も多いので、シャリは少し大きめで食べごたえも満点。夜は、寿司以外に低利用魚を使った一品料理も登場します。
どんな魚に出会えるのかがたのしみ
御年78歳、職人歴60年の濱さん。サステイナブルな食を意識したわけでなく、寿司職人としてお客さんをもてなしたい純粋な想いが、低利用魚の美味しい寿司を生み出しました。そしてその想いは、これからも変わりません。
「これからも地魚の寿司を握り続けますよ。小さくても大きくても、有名でも無名でも美味しいんだと伝えたい。地球上に生息している魚の中で、名前がわかっているものは全体の20%ぐらいしかないんですよ。あと何年できるからわからないけれど、これから先、どんな魚に出会えるかが楽しみだね」と濱さん。まだ出会ったことのない魚、みなさんも味わってみては。