SHUN CURATORS (October 2014)
ガード下の居酒屋にも、 日本の食文化の魅力がある
— ベルギー観光局(ワロン・ブリュッセル日本支局 局長) ダミアン・ドームさん
観光から体験へ 旅行の形がシフトしている
ベルギー観光局では、具体的にどんな仕事をされているのか?
ベルギー観光局の局長になったのは2007年。以来、僕の仕事はいくつかあって、まず日本からのベルギーへの観光客をもっと増やすために、旅行会社を回って、セミナーなどでベルギーの魅力を伝え、旅行商品を企画してもらうこと。さらに、ベルギービールなどのイベントを仕掛けて、一般の消費者にベルギーへの親しみを覚えてもらうこと。メディアも含めてね。他の国の観光局はBtoCの施策はやっていないケースが多いが、僕はそれが一番大切だと思っている。なぜなら、実際ベルギーを訪れるのはその人たちだから。
観光施策を考える時に、意識されていることは何ですか?
ベルギーのイメージといえば必ず出てくるのが、「ビール」「ワッフル」「チョコレート」。これは日本でもアメリカでもどこでも一緒。でも、すでにこれらは日本にも充分に輸入されているから、それを目的としてわざわざベルギーまで行く人はなかなかいない。だから、もっとその奥の背景を伝えているんだ。その美味しいものを作れる民族はどんな暮らしをしているのか。美味しいものが生まれる風土はどのようなものか。そうした背景を知ってもらうことでベルギーに来たいと思ってもらえるよう心掛けている。歴史を含めた街の雰囲気やアート、ライフスタイルを伝えようと考えているんだ。今、旅行は「観光」メインから「体験」メインにシフトしつつあるからね。
食事はコミュニケーション
日本に来てかなり長いと思いますが、日本の食べ物の印象はいかがですか?
どれもおいしいね!天ぷら、刺身、寿司、和菓子、おでん。朝の焼き魚はいまだに苦手だけど・・・。中でも一番好きになったのは、鍋料理。なぜなら、家で簡単に作れるし、それに鍋を仲間と食べると皆がおしゃべりになって、面白いコミュニケーションが生まれるでしょ。ヨーロッパ人にとって「食事=コミュニケーションの場」だから、ランチミーティングも好きな人が多い。だから鍋料理を出すと、ヨーロッパ人は皆喜んでくれる。恥ずかしがりやの日本人も心を開いちゃうしね。しゃぶしゃぶでもすきやきでも、キムチ鍋でもちゃんこ鍋でもいい。家族と家で食べる時はもちろん、友人の家に行った時も、鍋だと絶対みんなよく喋る(笑)。だから、食事の時間を長く楽しむことが出来るんだ。
逆に、懐石料理や寿司を食べるときなどはみんな静かだよね。それが文化なのだろうけど、ヨーロッパ人にとってはどこか寂しく感じてしまうんだ。日本人は料理に対して少しリスペクトしすぎているのかもしれない。コミュニケーションの可能性を秘めた鍋料理という食文化も、もっと伝えるべきだよ。
確かに、欧米人は食事を大切なコミュニケーションの場として考えている傾向が強いですね?
「立ち喰いそば」には驚いたよ。きっと日本の食文化のひとつなのだろうね。ヨーロッパでは、どうしてもというとき以外、朝食を一人で食べることはしないんだ。だから、通勤前などに、駅のホームで朝食(しかも、そばやラーメン!)を一人でさっさと食べる文化に最初はびっくりした。
居酒屋にも日本の食文化の魅力が詰まっている
鍋料理の他に、もっと世界に伝えたい日本の食文化はありますか?
居酒屋だね。寿司や天ぷら、懐石料理など数万円もするような高いところだと、特に初めて日本を訪れた外国人が行くには緊張するし、作法など事前に学んでおかなければならないことが多くて難しい。ヨーロッパ人にとって、旅行の目的の上位には必ず、現地の人とのコミュニケーションやふれあいが挙げられる。そう考えると、例えば、新橋のガード下は最高!臭くてうるさくて、スモーカーもたくさんいるけれど、フランスから来た友人はそれでも「楽しい、楽しい」と喜ぶんだ。それは、隣の見知らぬサラリーマンともなんとなくコミュニケーションできるから。普通のレストランであれば隣のテーブルと会話をすることはまず出来ないからね。ヨーロッパだと隣のテーブルと目が合ったり、オーダーミスがあったりするとちょっとした会話をするけれど、日本でそのようなシーンはほとんどない。唯一日本でそれをできるのが、ガード下や居酒屋。しかも、出している料理もレベルが高い。居酒屋といえど、きちんと季節を意識していて、そら豆や枝豆、トウモロコシ、菜の花など、しっかりと旬の食材を食べられる。
日本では「旬」が食文化のキーワード。ベルギーではいかがですか?
旬の食材を大切にしているのはベルギーも一緒。
例えばベルギーでは、ホワイトアスパラガスは5月、ヨーロッパ人が大好きなムール貝は7月後半からが旬。ほかにも、苺の季節は苺、柿の季節は柿、と季節に合わせて旬の食材を食すよう心掛けている。名物のジビエ料理も冷凍すればいつでも食べられるけれど、やっぱり10月から1月末の間に、フレッシュな材料で作るジビエ料理が最高なのだ。そういう面でベルギーと日本の食文化はとても似ていると思う。
5月初旬のある夜、家に帰ればまだ明るいテラスに夕食が運ばれ、そこに盛られたホワイトアスパラガスからは春の終わりと夏の到来を感じる。また、ムール貝も終わり、ジビエ料理が出てくると、冬も近く暖かな太陽が恋しくなる。このように、ベルギーでは料理を食べて、季節の訪れを感じる。
そしてここ日本でも、それを同じように感じられることが、とても嬉しい。温かい家庭料理から大衆的な居酒屋に至るまで、どこでも高水準の旬の料理が食べられる。大切にしていくべきだよ。
Writer : TAICHI UEDA
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Photographer : KOJI TSUCHIYA