SHUN CURATORS (June 2016)
発酵や麹の魅力をもっと多くの人に知らせたい
― 国際ビジネスプロデューサー/唎き酒師 ジャスティン・ポッツさん
唎(き)き酒師の資格までも持つジャスティンさんは、2016年1月に千葉県いすみ市に移住し、老舗酒蔵の「木戸泉酒造」で酒造りまでもおこなっているそうだ。日本で発酵文化と出会い、食生活が180度変わってしまったという自らの経験を軸に、日本の食文化の魅力を語ってくれた。
日本でしかできない暮らしをしてみたかった
ジャスティンさんが日本に興味を持ったきっかけは何ですか?
最初は全くの好奇心です。大学卒業前の短期留学で3ヵ月ほど大阪に遊びに来ました。そのときの友人から1年ほど英語教員をやらないかと勧められ、2度目の来日をすることになりました。
その頃は周りに外国人が多く住んでいたけど、英語教師や金融業界の人といったビジネス目的で来日している人が多く、「日本でしかできないことをしている外国人って少ないなぁ」と強く感じていました。
3度目の来日では労働ビザも取得し、編集やPRアドバイザーなどの仕事をしていました。そのときに今の妻と出会い、彼女の実家で普通の家庭料理を食べる機会ができました。
それまで日本食といえば、うどん、寿司、カツ丼といったものしか知らなかったんですが、彼女の実家で大葉で味噌を巻いた「しそ巻き」を初めて食べたときは「こんな味もあるんだ」と感動しました。少しずついろいろなおかずをつまむ食べ方や過ごし方も、新鮮な驚きでした。そうした体験から、2度目の来日で思っていた「日本でしかできないこと」を少しずつ教わったような気がします。
僕は子どもの頃あまり体が丈夫ではなくて、体質を改善したいと思っていました。ただ、日本に来てからは普通に日常を過ごしているのに、なんとなく調子がいいと感じ始めまして。
最初はお金のない学生だから特にこだわったものを食べていたわけではないんですが、これはいったい何だろうと。アメリカでは朝はシリアルとドーナツ、夜はバーガーとピザ。野菜は20歳ぐらいまでほとんど意識して食べることはなくて肉ばかり。そうした食生活があまりにもひどすぎたからかもしれないけど(笑)。
家庭の調味料から「発酵」にたどり着く
一般的に有名な和食というより、家庭料理や田舎料理から日本の食に興味を持ったのですね?
そうですね。妻と暮らし始めて、使っている調味料にも興味を持ち始めました。醤油、味噌、みりん、塩…と限られた調味料で、朝昼晩と毎日のバラエティ豊かな料理がつくれる。製造方法の違い、醤油やお酒の味の違いもわかり始めて、「この味覚に関わっていきたい」「こんな日本で暮らしたい」と思うようになりました。
初めて農家に泊まらせてもらったとき、自家製味噌でつくった味噌汁と卵かけごはんにびっくり!「何これ!みんな毎日こんな美味しいものを食べてるの?」という感じでしたよ。それから意識的に発酵食品を食べるようになったら、さらに体の調子がよくなってきたんですよね。
今でこそ「SAKE」や「SHOYU」「MISO」は外国人も知りはじめたけど、その根本にある「発酵」や「麹」はどうやってつくられているかをもっと知りたいと思い、「発酵食品」というものを研究し始めました。
日本酒は日本の文化と関わっている
それで「唎き酒師」の資格をとったり、実際に酒造りに関わったりされたのですか?
発酵のことを深く教えてくれたのは、お酒です。
千葉県神崎町の寺田本家さんに、お酒が微生物とどのように共存しているかという話を教えてもらいました。それで、日本にはいったいどれだけお酒があるのかと、全国の酒蔵をまわり始めたら、さらにはまっちゃって(笑)。
日本酒は、米や水であり、農業、宗教でもある。料理、祭、器など、多くの日本文化にも日本酒を通してたどり着ける。「日本との出会いは、まずお酒とともに」といいたいですね。
日本国内でも食文化体験プログラムなどをプロデュースされていますが、各地をまわってみて、特に印象に残った場所や食べ物はなんですか?
新潟県の佐渡島の海苔ですね。地元のおばあちゃんや漁師さんと朝から晩までお酒を飲みながら、その場であぶって食べた海苔は最高に美味しかった! 普段食べていたものと全然違う。「みんなこの美味しさを知らないな!」と思いましたね。
それから、日本の国立公園の楽しみ方を海外へ発信するプロジェクトで行った熊本県阿蘇山も印象深いです。ずっと遠くを見渡せる最高に景色のよい場所で、地元の生産者が肉やお酒を持ってきてくれて、キャンプファイヤーとバーベキューをしたんだけど、これも最高に美味しい体験でしたね。
これは僕の個人的な意見かも知れないけれど、お酒や食べ物を「最高に美味しい」と思える場所は都会のいいレストランだけとは限らない。その土地の自然や空気が「美味しい」という体験を演出してくれるときもあります。僕がアポを入れて直接連れて行けば案内することはできるけれど、外国人旅行者を「さあ、ここに行ってきてごらん」と送り出せるところはまだ少なくて…。こういった場所は外国人向けだけでなく、日本人にももっと紹介されるべきだと感じています。
最高の美味しさを味わえる場のプロデュースと演出
ジャスティンさんが、これから取り組んでみたいことは何ですか?
イタリアの食文化は「スローフード」という概念とともに世界に広がったわけですが、日本の食文化も同じように日本人の食との向き合い方自体を発信するべきだと思います。
和食の「和」は平和の「和」、皆で平和に食卓を囲むこと。そのような営みや空間といった総体的なものこそが「和食」であり、一緒に食べ、一緒に過ごすことが最高の学びなんじゃないかな。そこが海外の人には全然知られていないと思っているので、そんな場づくりを僕のミッションにしていきたいと思っています。
たとえば、いすみ市の蔵元「木戸泉」を東京からの一日旅のコンテンツとして、面白い仕掛けがつくれないかと思っています。木戸泉には、技術の蓄積やこだわり方、40年物の古酒造りなど、ほかに真似できない素材が揃っているんですよ。しかもロケーションにも恵まれ、東京駅から電車で1時間ちょっとで来られます。近くにはいすみ鉄道も、海も、チーズ工房もあります。食や人や体験、地域の資源をつないで、ここをもっと魅力的な場にしようと計画中です。
Writer : HISAYO IWABUCHI
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Photographer : YUTA SUZUKI