りんごから広がる新しい未来。 若手生産者と目指す“日本一のりんごの町”
飯綱町では今、若い世代のりんご農家たちの活躍が目覚ましい。高品質なりんごをつくることはもちろん、商品開発やコミュニティづくりなど、りんごから広がる町の可能性を探っている。そんな飯綱町で奮闘する4組の若手りんご生産者を訪ねた。
飯綱町を支えてきたりんご産業
日本でりんご栽培が始まったのは明治5年(1872年)頃。冷涼な気候でも育つため、青森県を中心に東北地方で貴重な産業として成長していった。飯綱町では1940年代初頭、それまで基幹産業としていた蚕糸(さんし)業が衰退し始めたことから、町全体で栽培を始めた歴史がある。
飯綱町でりんご栽培が盛んとなった理由の一つは、その気候風土にある。標高500〜700mに位置する飯綱町は昼夜の寒暖差が大きいため、果肉がぎゅっとしまった濃厚な味わいのりんごが育つ。加えて、粘土質の土壌はりんごの生育に必要な養分をたっぷりと蓄えることができ、生育期間である4〜11月の降雨量が少なく、かつ日照量が豊富なので、高温多湿を好まないりんごにとって最高の環境なのだ。
現在飯綱町では50品種以上ものりんごが栽培されており、8月中旬から12月末までの長い期間に渡ってさまざまな種類のりんごを味わうことができる。生産者のたゆまぬ研究努力と恵まれた気候風土により、飯綱町はりんごの町となっていったのだ。
父から娘へ。名門りんご農園に新しい風を吹き込む女性生産者
倉井地区の「やまじゅうファーム」は、70年続く名門りんご農家。約3.5ヘクタールもの広大な農園で、15品種のりんごを栽培している。長女の中村淳子さんが家業を継ぐ決心をし、故郷へUターンしてきたのは5年前のこと。次期女性経営者となるべく、農園をここまで大きくした父・市郎さんと共に日々りんごを育てている。
エコファーマーの認定を受けているやまじゅうファームでは、有機肥料を使った特別栽培を実践。早獲りはせず、完熟した実を一番美味しい状態で収穫するのがこだわりだ。さらにりんごジャムやりんごジュース、シードルなどの製品づくりにも注力。毎年新しい品種のりんご栽培に挑戦する研究熱心な父の背中を見ながら、淳子さんも自分のアイデアを経営に活かし、新しい風を送り込んでいる。
「私が戻ってから農園のホームページをつくり、SNSも整備して情報発信に力を入れています。配送用のダンボール箱もデザインを一新しました」。
りんご栽培は奥が深く、40年以上つくっている市郎さんでもまだまだわからないことがあるという。
「『手間をかければかけるほどいいりんごになる』という父の言葉を胸に、一つ一つのりんごと向き合ながら、農園を引き継いでいけたらと思います」。
奈良本地区を引っ張る“兄貴”がつくった10年越しのシードル
飯綱町の中でも特に山深い場所にある秘境・奈良本地区。ここで4代続くりんご農家「ファームトヤ」を営んでいるのが外谷淳弥さんだ。
父の病気をきっかけに23歳で農業の道にはいった外谷さん。苗木を壁のように一列で高密植に植える、「新わい化栽培」という栽培法をいち早く導入し、減農薬栽培にも挑戦。栽培品種も増やすなど、さまざまな方法でブランド力向上に努めてきた。この栽培方法は、若い苗木でも実をつけることができ、日光が果実の両側から当たるため色づきも良くなるそうだ。
さらに外谷さんが10年越しの想いを実らせてようやく商品化させたのが、自身の農園でとれたりんご100%でつくるシードル。町内にあるシードルリー「林檎学校醸造所」の代表・小野司さんと相談しながら品種や配合を細かく吟味し、理想の味わいを追求。飯縄山をデザインしたラベルが目を引く、渾身のシードルが完成した。
「シードルはずっとやりたかったことなので、今一番面白いです。使っているりんごはふじ、シナノホッペ、シナノゴールド、ぐんま名月、そして香り豊かにするために王林をブレンドしています。奈良本のテロワールを表現したこのシードルで、さらに奈良本の存在を広くアピールできたらと思います」。
外谷さんは、過疎化が進む地元・奈良本地区を守りたいと、地元の仲間達を率いて活動している。
「一緒に奈良本を盛り上げてくれる仲間が欲しいです。県外からでも、いろんな人達に来ていただきたいですね」。
規格外りんご×ビールで全国に広がるコミュニティ
りんご農園「Fujiwara roots farm(フジワラルーツファーム)」は、スノーボードが大好きな夫妻、藤原新哉さんと奈緒美さんが運営している。二人は新規就農者として県外から長野県に移住し、2年間の研修を経て2012年に独立、2018年に飯綱町に移住してきた。奈緒美さんいわく飯綱町を選んだ理由はシンプルで、「りんごがすごく美味しかったから」。
農園名の“roots”には、農業や生活の原点を大切にしたいという想いが込められており、ここでは無化学肥料で減農薬、除草剤を一切カットした、皮ごと食べても安心なりんごを生産している。しかし、農薬使用を制限するとどうしても生まれてくるのが、生食用としては価値の低い“規格外りんご”。
そこで奈緒美さんが思いついたのが、規格外りんごの果汁で県外のブルワリーにビールをつくってもらう一方、ブルワリーのファンが原料の生産者を訪ねることをツーリズムプログラムにすることで、一次産業と六次産業が繋がる仕組みをつくるプロジェクトだ。
奈緒美さんはこのアイデアを持って、町の新規事業コンテスト「いいづな事業チャレンジ2020」に出場しグランプリを獲得。2020年はツーリズム企画の実行へ動いていたが、新型コロナウイルスの影響で万事休すとなった。そこで現在はオンライン会議システムを活用し、ブルワリーや飯綱町の仲間と一緒に「ツーリzoom」という交流会を開き、全国の農家やビールファンとの関係を広げている。
「交流会で島根県や静岡県の農家さんとも繋がることができたので、みんなの農産物を使った“ツーリzoomビール”を醸造しようと計画しています。小さくても、自分たちのつくるものを循環させていける良いコミュニティになればと思います」。
今後はツーリズムの実現はもちろん、見た目は悪くとも減農薬で安心な、加工用のりんごを商品として定着していけたらと奈緒美さんは話す。農家以外のバックグラウンドを持つ彼女たちならではのアイデアが、飯綱りんごの新しい道を開いていく。
飯綱町のりんごに運命を感じた夫妻が営む癒しのペンション
飯綱東高原の山道をずっと登っていくと辿り着く「小さな癒しの宿sinra」。森に囲まれたペンションは、昼は豊かな緑に包まれ、夜には満点の星空が広がる、浮世を離れて自分をリセットするのには最高の場所だ。
このペンションを運営しているのは、県外から移住してきた遠藤良雄さんと美代子さん夫妻。「長野県を訪れた時、道に迷って辿り着いたのが飯綱町でした。その時に食べたりんごが何か湧き上がってくるようなエネルギーがあり、心に残っていました」。宿泊は1日3組、8名まで。食事は美代子さんが腕によりをかけてつくる、地場産の食材をふんだんに使ったコース料理を味わえる。首都圏から訪れる客がほとんどで、リピーターも多い。
遠藤さん夫妻がペンションと同じくらい愛情を注いでいるのが、りんご農園だ。夫妻が「師匠」と呼ぶ農家さんの指導を受けながら、現在60本のりんごの木で、5品種を栽培している。農作業は主に良雄さんの担当で「日々黙々とりんごの木に向き合う仕事がとても性格に合っている」と楽しそうな笑顔を見せてくれた。
彼らの農園は気持ちの良い風が吹き抜ける山の上にある。周囲よりも気温が低いため果実はじっくりと熟しながら引き締まり、程よい酸味のあるりんごが育つそうだ。収穫したりんごのほとんどは宿泊のお客様に販売するほか、優しい甘さのオリジナル無添加ジュースに加工して町内の直売所などで販売している。美代子さんが自ら描いたかわいいイラストのラベルが目印だ。
「これまでりんごが好きじゃなかった方が、うちのりんごに感動して買ってくださったりすることもあって、飯綱町のりんごは改めてすごいと思っています。ぜひ多くの方に町へ来て美味しいりんごを味わっていただきたいです」。
独自の感性とアイデアで飯綱町のりんごの可能性を開拓していく、エネルギッシュな若手生産者たち。飯綱町が“日本一のりんごの町”と呼ばれる日は、そう遠くないかもしれない。