自然・食材・人が織りなす、「水の郷」岩手町の味覚
若き生産者が思いを託す「いわて春みどり」
収穫のピークを迎えるキャベツ畑を訪れた。戦前から、キャベツの生産地として栄えてきた岩手町。
現在は約120名の生産者で栽培に取り組んでいる。「グリーンズタカムラ」の髙村豊さんもそのひとり。31歳にして、この道10年以上のベテラン。なだらかな丘陵地を父親と切り拓いて、キャベツの圃場に活用する。
「標高が高く、昼夜の寒暖差があるので、より甘いキャベツに育ちます。傾斜があるから水はけもいいんです」と、髙村さん。
栽培するのは「いわて春みどり」。岩手町が誇るオリジナルブランドのキャベツで、葉肉がやわらかく甘みが強い。キャベツ特有の青臭さがないので、生食でも美味しく食べられる。
一帯で「いわて春みどり」が栽培されるようになったのは、1980年代から。それまでの主流は「南部甘藍(なんぶかんらん)」という品種で、当時は国外にも出荷されていた。しかし、消費者の食生活の変化から出荷量が次第に伸び悩み、追い打ちをかけるように病害も重なった。
長く続く衰退期を打破しようと地元の生産者たちは、これまでの寒玉系品種にかわり、質の良い春系品種を導入。その鮮やかな葉肉から「いわて春みどり」の名でブランディングされ、いまでは町を代表する農産物になった。
春に苗の植えつけが始まり、7月に収穫期を迎える。そこから10月ごろまで植えつけ・収穫の繰り返し。シーズン中、グリーンズタカムラでは髙村さんのご両親、高村さんと妻の成美さん、技能実習生を総動員して収穫にあたる。とれたての「いわて春みどり」は梱包後すぐに出荷され、県内外のスーパーに並ぶ。
目下の関心事は“スマート農業”だ。AIを使って品質管理をしたり、ロボットを使い農作業を効率化したり。「若い世代の農家同士で情報交換をしたり、互いに伸ばしていこうという意識で取り組んでいます」と、髙村さん。
「おいしい野菜をつくることはもちろんですが、もっと生産量を上げて“稼げる農家”になりたいんです。僕たちがロールモデルになって、若い世代が農業に興味をもってくれれば嬉しいです」。
未来の担い手たちへの想いが、守りに入らず、新しい技術への興味を駆り立てる。
摘みとり体験も楽しめるブルーベリー
同時期に“旬”を迎えるブルーベリーは、キャベツと並ぶ岩手町の特産品。1976年、長野県果樹試験場から岩手大学を通じて、岩手県に苗木が持ちこまれた。「ハイブッシュ」系品種の耐寒性が注目され、1982年に本格的な栽培が始まる。その先駆けとなったのが岩手町だった。
当初は、アスパラガス生産者の夏場の収入源として普及していったという。ブルーベリーの酸味と甘みは、生食はもちろん、ジャムやゼリーなどに加工しても個性を失わない。現在、岩手町は加工用ブルーベリーの分野で、県内トップの出荷量を誇っている。
町内には、ブルーベリーの摘みとりが楽しめる観光農園が点在。そのうちの一軒、「十和田農園」を訪ねた。岩手山や姫神山を望む傾斜地や平地に1800坪の畑をもち、300坪を観光農園として運営している。
「6月末から、早生種の『ウエマウス』と『ブルータ』を皮切りにして、『アーリーブルー』『ブルークロップ』『ノースランド』の順で食べごろを迎えるので、8月末まで摘みとりが楽しめます。同じような見た目をしていますが、酸味や甘みに個性が現れるんですよ」。そう話すのは、農園の代表を務める十和田さん。
春の防虫対策と年2回の施肥以外は、極力手を加えず自然に近い環境で栽培する。摘みとり体験中の味見もOK。「様々な品種を栽培しているので、期間中いつ来ても“旬”が味わえる」のが自慢だ。
農園を案内する十和田さんが果実を摘みとってくれた。一粒1.5センチほどのアーリーブルー。濃紺色の果皮に浮き出る、白い粉状の「ブルーム」が食べごろのサインだという。
噛みしめると、果皮がプチっとはじけて果汁がじわり……。野性味ある甘酸っぱさが夏の暑さを吹き飛ばしてくれる。スっと余韻が消えるころには、次の一粒に手が伸びてしまう。自分で摘んで、その場で食べる。観光農園ならではの贅沢だ。
オール岩手の長期熟成生ハム「セシーナ」
「幼いころから“肉の英才教育”を受けてきました」。
精肉や惣菜などを販売する「肉のふがね」の代表取締・府金伸治さんは、そう話す。
父方の祖父は畜産業、母方の祖父は食肉加工業に従事。幼少時代から食肉業のノウハウを教えこまれた。大学卒業後、洋食店や割烹で料理の腕を磨いたのち、2001年、父親から家業を継いだ。
料理人時代に商品企画・開発の楽しさを知った府金さん。現在は、「セシーナ」のプロモーションに力を注いでいる。
セシーナとは、スペイン北部・レオン地方に伝わる生ハムのこと。材料は牛肉と塩だけ。シンプルゆえに、素材の質と製造技術が味を左右する。
2014年、バルセロナで開かれた見本市でセシーナを食べた府金さんは衝撃を受ける。一切れ口に運ぶと、まず牛肉の旨みと塩の味がダイレクトに伝わり、チーズのような発酵臭が鼻にぬける。舌に残った余韻からは草の香りを感じた。
「こんなに美味い生ハムがあるなんて」。府金さんは、この時、地元岩手の肉、塩を使ったオリジナルのセシーナの製造を決意した。
それから三年後、スペインに渡りセシーナの工房などを巡って製造方法を学んだ。
さらに、一年間の開発期間を経て、「岩手短角和牛セシーナ」がとうとう完成。岩手県のブランド牛「いわて短角牛」と、岩手県野田村の自然塩「のだ塩」のみで製造するのが府金流だ。良質な素材のみを使用して、ゆっくりと熟成させる。
「いわて短角牛は、自然交配・自然放牧のブランド牛。脂肪分が少なく、噛めば噛むほど味わいが増していく。それをのだ塩のまろやかな塩味が引き立てます」。
セシーナは、12か月、24か月、36か月の熟成期間ごとに分けた3種をラインナップ。2020年4月に本格販売が始まり、12か月の商品が解禁された。
「セシーナを日本国内で普及させることがスペインへの恩返し」と、府金さん。新たな挑戦はまだ始まったばかりだ。
特産品の魅力が凝縮された六次産品
“是非、食べてちょうだい!”
“露地栽培、命です”
道の駅「石神の丘」の直売コーナーでは、顔写真付きメッセージとともに、生産者ごとに様々な農産物が販売されている。直売する組合員はおよそ100軒。生産者ごとの陳列では、自分が出した商品の売れ行きがすぐにわかるので、生産者もモチベーションが上がるそうだ。一般的に複数の自治体から農産物を仕入れる道の駅が多い中で、石神の丘はなんとすべて町内産でまかなっている。
施設内のレストランでは新鮮な農産物を使った料理も味わうことができ、メニューも豊富だ。併設する売店には、ご当地ものの菓子や惣菜といった定番みやげのほか、ユニークな六次産品が並んでいる。キャベツを熟成させた焼酎「キャベ酎」やキャベツ専用ダレ「キャベタリアン宣言」、大粒のブルーベリーが入った「ブルーベリーカレー」など、どれもインパクト抜群。
これらの開発を手掛けるのは、石神の丘を運営する「岩手町ふるさと振興公社」。岩手町が出資する第三セクターで、2002年の石神の丘オープンに合わせて設立された。
「六次産品は町の名刺」。そう話すのは、副支配人を務める大坊俊貴さんだ。
「農産物そのものをPRすることも重要なのですが、それらを加工して流通させればより幅広い客層に関心を持ってもらえます。例えば、お酒好きな人が『キャベ酎』を通じて、キャベツの産地・岩手町を知るかもしれない。町の魅力を明確に伝えられることが六次化の強みだと思っています」。
2019年からは、県内のデザイナーとタッグを組み、ブランディングの視点を取り入れた商品開発をおこなう。この、新体制後の六次産品第一弾は、町内産ブルーベリーを使ったワイン「ルルとリリ」。メインターゲットの女性客を意識して、パッケージにブルーベリーの果実や葉のデザインをあしらった。アルコール分は7.5%に抑えられており、軽やかな酸味と優しい甘みを堪能できる。
「想像以上に人気が出て、販売から一年足らずで約5000本を売り上げました。2020年の7月には、第二弾のりんごのワインを販売しました」。
2022年の道の駅石神の丘開業20周年を目前に控え、周囲の期待も高まる。「ルルとリリ」を超えるヒット商品を生み出さんと意気込む大坊さん。今後の活躍に目が離せない。
「野菜がどれも美味しくて感動した!」。
大坊さんがよく耳にする、観光客の言葉だ。しかし、その反応にいまいちピンとこない生産者も少なくないという。この町では、農産物は美味しいのがあたりまえ。その気取らない姿勢が生産活動へのひたむきさにつながり、町を県内トップの食糧生産地へと引き上げた。
キャベツ、ブルーベリー、セシーナ、ワイン――。派手さはないが、一度口にしたら忘れられない味に、つくり手たちの人柄が重なった。