SHUN CURATORS (September 2016)
“普段着の日本”にある素晴らしさ
―ナレーター/文筆家/役者 ステュウット・ヴァーナム-アットキンさん
大きなからだをゆすりながら「日本はなぜか肌に合うんです」と笑うステュウットさん。日本での体験や食に関する発見などを伺った。
寿司だけではない。驚きの日本食たち
来日のきっかけを教えてくれますか?
イギリスのオックスフォード大学で地理学を勉強していた頃、卒業後はどこか遠くの地で働きたいなと思っていたんです。ロンドンで日本人に英語を教えていた経験があり、クロサワ(黒澤明)作品などの日本映画も好んで見ていたので、当時から日本は身近な国でしたね。
初めて来日のチャンスが訪れたのは1972年。英語の教師として、神戸で2年間生活していました。その後は少しの間サウジアラビアで暮らしましたが、1976年に日本に戻ってきて、いまの東京での暮らしに至ります。
東京では最初、劇団を主宰していましたが、そのうちにナレーションや本の執筆などの仕事をもらえるようになってきました。
いまでは、テレビやラジオのナレーションや翻訳業のほかに、俳優のためのボイスコーチ、演劇ワークショップや文筆業、大学講師などをやったりしています。
「何足のわらじを履いているの?」なんて言われますけれど、私にとっては全部“言葉の仕事”として、繋がっているんです。
日本の食で印象的だったことはありましたか?
日本食との出会いはロンドンで教師をしていた時に食べたお寿司や刺身。イギリスで寿司は人気で、“日本食といえば寿司”というイメージでしたが、日本に来てみたら、納豆やなまこなど、知らない日本食ばかりで驚きましたね。
私は昔から何でも一度はチャレンジしてみようと決めているので、食べたことがない料理を見たら、まずは食べてみます。奈良の春日大社では「鹿せんべい」を人間用ではないと知らずに食べてしまったことも(笑)。
和歌山では船釣りをして、その場でさばいて食べたカサゴは美味しかった。脚と羽がついているイナゴを見た時はさすがに驚きましたが、食べてみたら悪くない。特にイナゴはビールに合う味だね。
納豆も香りや風味は不思議でしたけれど、健康食だと思えば大丈夫でした。ただ、小豆には少し抵抗がありましたね。イギリスでも豆料理は一般的ですが、甘く味つけした豆を食べたことがなかったので。
私の場合、教師という立場だったので、教え子たちに新しい場所へ案内してもらう機会に恵まれ、いろんな地域の食と出会うことができました。これはラッキーな経験でしたね。
“普段着の日本”を体験してほしい
長く日本にいて、日本の食文化にはどのような特長があると思いますか?
日本人は食べるということについて、季節感を本当に大切にしますね。
日本ではカレンダーを見ても、春は筍で初夏は鮎というように、野菜や魚が季節を表すことが多く見られます。それはいまに始まったことではなく、江戸時代の浮世絵にもその季節を表現する“旬”な食べ物が描かれていて、季節ごとの食習慣が垣間見えますね。
調理方法も焼く・煮るだけじゃなく、干したり発酵させたり、とてもバラエティが豊かで面白いですね。季節ごとの気候を上手に利用しているように感じます。
それと、私が最近、日本の食文化で注目しているのは「手」の動作です。
日本食において「手」は重要な役割を果たしているのではないでしょうか。
お客さんに見える所で、あえて素手を使ってお寿司を握ったり、お茶会では決まった手の動きをしたり、お客さんが自らの手を使って調理して食べるお好み焼き、すき焼き、しゃぶしゃぶも。こうした光景は外国ではあまり見られないので新鮮です。
海外の人に特におすすめしたい日本の食文化を教えて下さい。
寿司や鉄板焼きなどの高級店だけではなく、日本に来た時にはぜひ居酒屋を体験してほしいです。
お酒の瓶がずらっとお店に並んでいて、壁にメニューやポスターなどがたくさん貼ってあって、周りには赤ら顔のサラリーマン。料理もシェアしながら、いつでも“旬”なものが食べられます。
居酒屋のようなカジュアルな雰囲気の場所では知らない人にも話しかけやすいので、いま何が美味しいのか、何が“旬”なのかを聞いてみるのが一番です。
私の姉はイギリスに住んでいて、日本語を全く話せないのですが、日本に来たときに東京の日本橋の居酒屋で最高の時間を過ごしたと言って帰っていきました。
日本の日常風景、着飾らない“普段着の日本”に飛び込んで、色んなことを体験してみたら、素晴らしい思い出ができると思いますよ。
Writer : MINA HIRANO
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Photographer : SATOSHI TACHIBANA