一期一会の“和”を味わう

和菓子
手仕事で一つひとつ作られる和菓子は、味わいはもちろん、その表現方法にも職人の技と感性が込められている。餡作り一つとっても、100人いれば100通りの味わいと言われており、季節の移ろい、情景、人々の感情などが繊細な細工によって表現されることで、その職人にしか作れない和菓子が出来上がるのだ。

我々は、そんな奥深い和菓子の世界を知るために、東京・茗荷谷で1977年に創業した和菓子店「一幸庵」の店主、水上力(みずかみちから)さんのもとを訪ねた。

武士道に繋がる、和菓子職人の美学

水上力(みずかみちから)さん

「一幸庵」の厨房を訪れると、ちょうど秋の味覚である栗が蒸しあがったところだった。

「自分は“自分の国の菓子”を作っている」。

漉(こ)し器で栗を潰しながら、「和菓子とは何か」を語り始めた水上さん。
明治以降“洋菓子”が急速に普及したことで、いつしか“菓子”というと“洋菓子”とみなされるようになったが、水上さんにとっての“菓子”はあくまで日本伝統の“和菓子”。その奥深い言葉とひたむきな姿から、さっそく水上さんの職人としての誇りを感じずにはいられなかった。

水上さんいわく、和菓子は茶道の中でお茶を美味しく飲むために生まれた甘味であり、お茶を美味しく感じさせてこそ役割を全うできる。武士道に例えるなら、お茶は主人、和菓子は忠実な家来であるべきということだ。

「お茶を飲んだ時にお菓子の味が口の中に残っていたら、お茶の味を殺しちゃうでしょう? お茶の渋みを旨みに変えて、菓子の甘みは消える。そんな菓子が私の理想。この美学は“武士と云うは死ぬことと見つけたり”という侍の哲学に通じるんだよ」。
謙虚さと儚さを持ち合わせた菓子。それが水上さんの愛する日本の菓子なのだ。

五感で味わってこそわかる和菓子の美味しさ

材料や製法にこだわるのはもちろんのこと、職人は季節の移ろい、情景、人々の感情などを繊細に切り取り、和菓子という小さなキャンバスで表現していく。味わいのみならず、形や色彩、食感など全てを通してそれを楽しむのが、和菓子を味わう最大の醍醐味といえる。まさに和菓子とは作り手の感性を味わうお菓子である。

「同じ材料で作っていても冬は雪の表現、桜が咲いたら桜の形をしていたり、季節によって姿形を変えることで、全く違う味わいに感じられる。五感で味わうことは、難しくなんかないんだよ。私は菓子を作り続けることが、“五感で味わう”を教えることだと思ってる」。

そう話しながら水上さんは、様々な和菓子を作ってみせてくれた。巧みな動きで次々と生み出される水上さんの和菓子を見ていると胸が躍ってくる。

和菓子

そのときどきのインスピレーションで菓子を作ることが多いという水上さんは、同じ菓子が二度作れないこともしょっちゅうだそうだ。水上さんがいまこの瞬間、秋を表現すると、いったいどんな和菓子になるのだろうか。伺うと、さっそく職人の手が動き出した。

和菓子

まず、能登大納言で炊き上げた粒餡、紅と黄に色付けした練り切り餡をそれぞれ小さな球体に丸め、広げた布の上に置いていく。

和菓子

次に、紅と黄の練り切り餡を重ねて漉し器にのせヘラでグッと押し込むと、細い線状の「きんとん」が出てきた。そのきんとんを先の細い竹のお箸ですくいとり、丸めた粒餡にまとわせれば、紅と黄が絶妙に織り交ぜられた、秋の紅葉山のような練り切りが出来上がった。

和菓子

最後に白いきんとんを散りばめ、「これは霜。秋の山に冬が訪れようとしているんだよ」と水上さん。水上さんの繊細な感性によって、一つとして同じものがない、秋の和菓子が生まれた瞬間だった。

和菓子を世界へ。“生き残る菓子道”の道しるべを作る

水上さん

「100年後も和菓子文化が生き続けられるように」。

そんな想いで、水上さんは文化の垣根を超え、世界へ和菓子の魅力を発信し続けている。

海外での和菓子作りのデモンストレーションをはじめ、大手メーカーやショコラティエとのコラボレーションなどをおこなう。2015年11月には一年の季節を72に区切った「72候(しちじゅうにこう)」をテーマに作り上げたお菓子を収録した書籍『IKKOAN』を日・英・仏の三ヶ国語で出版し話題を呼んだ。

いまでは海外のパティシエとの交流も多く、水上さんの菓子作りを見たいと世界中の職人が一幸庵の厨房を訪れるという。

「和菓子職人は日本の食文化の一端を担っている職業だから生き残る道を切り拓くのが使命。和菓子とは関係のない新しい感覚に触れることで、自分の職人としての引き出しも増えていくし、洋菓子とのコラボの先に、新しい和菓子が生まれるかもしれない。自分は一匹狼の異端児だと思うけれど、あくまでも“うたかた”だからね。『ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず』。“和菓子”っていう川の流れの中の一つの泡でしかないわけだから、それをどういう風に繋いでいくかだよ」。

現在の目標は、海外で和菓子の個展を開くこと。「これが実現したら、引退かな…」と笑いながらも、その頭の中は次の和菓子のアイデアでいっぱいの様子。

一つひとつ手作りで生まれる和菓子。職人の想いの数だけ存在する和菓子の味わいは、一期一会の芸術を堪能できる日本の食文化である。

Writer : ASAKO INOUE
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Photographer : YUTA SUZUKI

お菓子調進所 一幸庵

一幸庵
所在地 東京都文京区小石川5-3-15
TEL 03-5684-6591
定休日 月曜・日曜・祝日・不定休
営業時間 10:00~18:00

※こちらの情報は取材時のものです。最新の情報は各店舗にお問い合わせください。

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