「食」の未来を問いかける、笠間の栗農家
国内随一の栗の産地・茨城県笠間市を訪ねて
日本における栗栽培の歴史は長く、起源は縄文時代にまでさかのぼる。青森県青森市にある「三内丸山遺跡」をはじめ、各地の遺跡から炭化した栗が出土。
また、「古事記」や「万葉集」、「日本書紀」にも登場。江戸時代の参勤交代をきっかけに全国各地に伝播したと伝わる。
なお、世界中に分布している栗は「アメリカ栗」「ヨーロッパ栗」「中国栗」「日本栗」の4種に大別される。他の栗と比べて、大粒で水分の多い日本栗は、茹でるとしっとりとした口あたりになる。一般的に「和栗」の名で親しまれているのも、この日本栗のことである。
京都府、熊本県、愛媛県など、日本各地に産地が点在しているなかで、生産量・出荷量ともに堂々一位を誇るのが茨城県である。農林水産省の統計によると、2019年度には3,090トンを出荷した。
栽培総面積はおよそ1,710ヘクタール。そのうちの3割を占めるのが、県中央に位置する笠間市である。一帯に広がる火山灰土壌が栗の栽培に適し、市内を貫く幹線道路をクルマで走らせると、ところどころで栗の木が目に飛びこんでくる。とりわけ岩間地区の栗が有名で、栗畑や加工所が集中している。
笠間市は、官民連携で6次産業化に取り組んだり、レシピを一般から募集したりするほか、例年秋には、採れたての栗や加工品が一堂に会する「かさま新栗まつり」を開催。 笠間の栗の知名度アップを図っている。
「ぽろたん」「利平」「銀寄」など、笠間市で栽培されている栗は8品種。一言で「栗」といっても品種によって個性が大きく異なり、その奥深さに驚かされる。例えば、収量が多く、果肉の色が鮮やかな「丹沢」や、風味豊かでしっとりした果肉の「筑波」、煮くずれが少なく渋皮煮に適した「石鎚」など、千差万別。
これらの品種は栽培期間の長さも異なっており、短い順に早生(わせ)・中生(なかて)・晩生(おくて)に別れている。栗農家はその特性を活かしながら、9月初旬は早生種、10月下旬は晩生種といった具合で秋の出荷をやりくりするわけだ。
とくに希少性が高く“幻の栗”とも評されているのが「人丸(ひとまる)」である。昭和60年に開発された品種で、赤茶色でつややかな皮が特長のひとつ。ほかの品種より小粒で収穫に手がかかるため、なかなか市場に出回らない。しかし、ほくほくとした果肉は、甘みが濃厚で香りも豊か。加工に向いているため、近年は人丸を使ったスイーツを提供するショップも増えてきている。
希少品種「人丸」に魅せられた栗農家
人丸の妙味に魅せられたのが、栗農家の竿代信也さんだ。市内にある3ヘクタールの農地を利用して人丸を栽培。東京都内に拠点を置きながらも、週の半分は農園に通う。
もともとは、都内のデザイン会社に務めていた。転機を迎えたのは2009年、プロデュースするお菓子の材料を探すために、笠間市を訪れたときのこと。60年近い歴史がある栗専門加工業者の小田喜商店で、初めて口にした栗ペーストに感銘を受けた。以来、同商店の小田喜保彦社長を“栗道の師匠”と仰ぐように。
「いままで味わったことのない味に驚かされました。『食』にまつわるプロジェクトに多く関わってきましたが、ほとんどがブランディングによって飾り立てられたもの。どこか違和感を抱いていたんです。表面的なプロデュースではなく、日本の素晴らしい食文化を後世に残していきたい。そのときの思いが、この世界に飛びこむ出発点になっています」と、栗との出会いを振り返る竿代さん。
農園を訪ねたのは、収穫時期の真っ只中。流れる汗をぬぐいながら、黙々と栗を拾い集める。自然に近い環境を整えるため、無農薬・無肥料を徹底。当然ながら、その分栽培にも手間がかかる。昨年の春は葉を食い荒らす蛾の幼虫が大量発生。時間をかけて、一匹一匹手作業で取り除いた。それでも「農薬・肥料を使うのは、作り手の勝手な都合ですから」と、こともなげに語る。
本格的に栽培をはじめてからおよそ5年、寝ても覚めても栗のことばかりを考えている。毎年のように天候に翻弄され、労力に見合うだけの収量を望めないこともある。可愛さあまって憎さ100倍、なんて心境に陥ることもあるのではないか、そう水を向けると「感謝こそすれ、憎むだなんてとんでもない」と、笑顔を見せる。
「私にとっては、キラキラ輝く愛くるしい栗たちです。よく『手間暇かけているね』と言われるんですが、その自覚もありません。人の口に入るものですからね、安心・安全でなくてはいけないんです」。
人丸を贅沢につかったプレミアムモンブラン
竿代さんにはパティシエとしての顔もあり、その技術は、自身が東京都台東区で営む和栗専門店「和栗や」でいかんなく発揮される。
収穫した栗は看板メニューのモンブランをはじめ、パフェやアイス、シュークリームなどの材料に。鮮度を重視して、作りたてで提供することを信条にしている。
目玉は、秋だけの季節限定で提供されるモンブラン「HITOMALU」。皿の中央に盛りつけた純生クリームとメレンゲをベースにして、人丸のモンブランクリームがたっぷり注がれる。口に運ぶとふくよかな風味がふわりと広がり、優しい甘味があとを引く。さっぱりした口あたりなのに、1つ食べるだけでお腹も心も満たされる。
昨今の和栗モンブランブームを牽引するなか、2018年、渋谷区に姉妹店の「Mont Blanc STYLE(モンブランスタイル)」をオープン。こちらはお客さんの目の前で調理するのが売りになっている。内装が鮨屋のカウンター風になっているのは「お寿司もモンブランも作りたてが一番美味しいから」と、竿代さん。
始発で来ても整理券が入手困難になるほど人気がエスカレートしたため、2021年3月から完全会員予約制へ。告知するなり会員希望者が殺到し、現在は会員募集自体を中止しているという。
和栗文化を未来に継承したい――。熱い思いを託したモンブランを武器に、竿代さんは社会に「食」の在り方を問い続ける。