“自然と共に創る”果樹園の可能性
西田さんの見つめる先は、日本のみならず、アジアそして世界に向けられている。
良い物をどうやって消費者に届けるか
「世界的に価値がフラットになっている」
webや新しい流通の仕組みの登場によって、いつでもどこでも消費者にとって有意な情報やものが簡単に手に入るようになった。しかし、この「便利」な状況と引き換えに、場所、距離、金額の優位性などは薄れていき、モノが持つ価値がどんどんフラットになっている状況に近づいてきているのかもしれない。そして、これは、日本だけでなく先進国全般にいえる流れでもあるのだろう。
そのなかで、良いものをどうやって消費者に届けていくのか。
西田果樹園ではその視点に立ったものづくりに注力している。
食べる前のストーリーの創り込み
玉名郡にある西田果樹園の桃の木はいま綺麗なピンクの花が満開に咲いている。
6月からの収穫期に向け実をつける準備中だ。
西田果樹園での栽培は、自然栽培、有機栽培の無肥料無農薬栽培による用途やニーズに合わせ、30種ほどの果物を多品目に振り分けて栽培をおこなっている。力を入れているのは、自然栽培と有機栽培による栽培方法であり、特徴は月の満ち欠けにあわせた「草刈り、剪定、収穫」などを行うバイオダイナミック農法と呼ばれているアプローチだ。月の引力と地球の引力で生じる樹体内の養分、水分の移動に合わせて栽培の工程を進めていくやり方で、日本にはこういった方法論が実は昔からあり、寺社建築などで使用される木材は、新月の日しか木を切らないという。新月の日、養分と水分が根に向かい、同時に木の中にある不純物も根に集まる、その状態で木を切ることによってより長く持つ良材となるのだ。西田果樹園で作られる「月読みレモン」は、この栽培方法で生まれた代表的な果物である。
また、西田果樹園では桃の収穫が終わる夏には「ピーチキャンプ」という子どもたちに向けたイベントを行っている。自然栽培という安全性が担保された場所を子どもたちに開放し、自然の面白さや、リアリティを伝えている。自然栽培の農園で残留農薬もなく、虫や動物が同じ農園、周辺に共生しているからこそのイベントであり、「食べ物の本質を知らないまま便利に生きるのは都合が良いかもしれない。」という考えのもと、自分たちの口に入る食物がどのような環境で育っているのかを子どもたちに理解してもらう試みでもあるという。
こういった、食べる前のストーリーがいま必要とされていると西田さんは考える。味、見た目の美しさのみが要求され、生産者もそれらと量を目的として生産してきた。しかし、こうしたこれまでの需要と供給のルール自体が変わりつつあり、求められているのは、「なぜこの食品なのか」という明確な物語なのである。その物語に消費者は魅力を感じ、行動を起す。もちろん、単純に物語があるだけでは充分ではなく、その物語の強度を生む作物、果物の力が伴わなければ説得力はない。
希少性より可能性を感じさせる農業の姿
「いままでは、作る、売るの関係性が寸断されていたが、そのやり方だともう通用しなくってきている」
と西田さんは言う。ソーシャル・ネットワークの拡がりで、生産者の顔が見え、物語と商品を同時に届けることが可能になってきているのだ。一極集中的に大量に市場に集めて流通させるやり方は、西田さんがおこなっている多品目にわけて栽培する果樹園には合わないと考える。
季節や果樹園によって合う果物をリレーさせて作ることによって、多様性や時間のサイクルが生まれ、現在取り組んでいる自然栽培方法に適している。春の物語は「桃」、秋は「柿」、冬は「ゴールドキウイ」など季節によって物語の主役は変わり、西田果樹園の物語を彩る。
「自分が信じているものを作るのではなく、お客さんの規格に合わせる。」
という考え方も、いまのスタイルになったことで可能になってきたという。安心安全の無農薬果物を作るだけでなく、その先の実際に手にする人のニーズに応えたものづくりを思考し、消費者そしてビジネスにダイレクトにつながる農業を実践している。
このような西田さんの取組は海外の人達の関心も集め、現在では、香港、マレーシア、シンガポールなどのパートナーも多くなり、月に一回は打ち合わせで現地に赴いている。また、彼らにも、商品の希少性よりこの果樹園が持つ可能性を感じてもらうために、実際に果樹園にも訪れてもらうという。
ちょっと許すということ
「ちょっと許すという考えで、多様性を生み出すことをしないと自然栽培として成立しない。」
という思いのもと、自然栽培にとって重要な環境の多様性について語り、自然と向き合う眼差しはとても優しい。
「同じ苗を植えても、大きくなるもの、成長せず小さいままちっちゃな実をつけるものそれぞれ個性がある、でもその苗は切らずに置いておく」
という。
栽培方法に対する探求と実践、そして、どこまでも大胆にアクティブに世界を飛び回り、人と会い、出会いから吸収したことを果樹園にフィードバックしながら農業を続ける西田さんの姿は、日本の農業人の未来に見えた。