アユ釣りシーズン到来――、江戸川の稚アユ漁を追う

千葉県松戸市
江戸川アユTOP
(取材月: May 2025)
夏の風物詩として親しまれ、“清流の女王”とも称されるアユ。例年6月頃になると、日本各地の川でアユ釣りが解禁され、多くの釣り人たちが詰めかける。解禁に向け春に稚魚を放流する川も多いが、その稚魚の供給を担っているのが、松戸市漁業協同組合である。川で生まれたアユは、秋に孵化して海に出て春になると川に遡上する。それを狙って3月から5月にかけて江戸川で稚アユ漁を行い、多い年にはおよそ200キロを出荷している。5月初旬、知られざる稚アユの産地を訪ねた。

江戸川の日常風景に溶けこむ、稚アユ漁

江戸川

ブロロロロ……。午前6時、葛飾橋のたもとにある船着き場で、小型ボートのエンジンが低く唸りをあげている。船上で待機しているのは、松戸市漁業協同組合の宮山充さんだ。ここ千葉県松戸市は、知る人ぞ知る稚アユの産地。宮山さんもまた稚アユ漁に取り組む生産者の一人である。

漁場となるのは、茨城県・埼玉県・千葉県・東京都にまたがる江戸川。利根川の分流にあたり、流路の長さは約60kmに及ぶ。かつては物資を運ぶ水運で栄え、巨大都市・江戸の物流を支えた。そして現在は、首都圏に暮らす人たちの生活用水や飲用水の供給源に。葛飾橋のすぐ近くには金町浄水場があり、“とんがり帽子”の取水塔が地域のランドマークとして親しまれている。

江戸川取水塔

江戸川の水質は、塩分を含まない「淡水」と塩分を含む「海水」、そして淡水と海水が混ざり合った「汽水」に分けられる。河口部から上流は淡水域で、フナやドジョウなどの淡水魚が生息している。

アユは一般的に川魚のイメージを持たれがちだが、実際には川と海を行き来する回遊魚である。秋になると川で産卵し、そこで生まれた稚アユは海へ下って冬を過ごす。そして例年3月から5月にかけて、川を目指して遡上。成魚となったアユは川で産卵し、一生を終える。

松戸市漁業協同組合が狙うのは、東京湾から遡上してくる稚アユの群れだ。漁期に入ると、水流を管理する水閘門が定期的に開かれ、稚アユが遡上しやすい環境が整えられる。そして、獲った稚アユは千葉県や埼玉県などに出荷され、アユ漁の解禁期間に合わせて川に放流される。千葉県にある養老川はアユ釣りの名所として知られているが、これらアユの一部は松戸市漁業協同組合が提供したものだ。

松戸市漁業協同組合宮山充さん

江戸川では少なくとも80年ほど前から稚アユ漁が行われていたという。漁業協同組合の歴代の理事がそのパイオニアで、宮山さんも稚アユ漁に関わるようになって8年になる。

「理事の方々も稚アユ漁をはじめた当初はずいぶん苦労したようですね。当時の記録はほとんど残っていませんが、手探り状態に近かったのではないでしょうか。今は現渡辺組合長の強いリーダーシップのおかげで、細々とですが漁を続けられています」。

漁期終盤、稚アユを求めて江戸川下流を目指す

江戸川稚アユ漁

稚アユ漁は2日に1度、2人1組の体制で行われる。この日は、宮山さんの仕事仲間である林 真さんと合流し、船着き場を出発。ついさっきまで冗談を交わしていた2人だったが、いざ漁に臨むと、林さんの表情に緊張がにじむ。

「漁期も終盤に差しかかっていて、最近はなかなか思うように獲れない日が続いています。さて、今日はどうなるか……。やはり漁のピークは4月で、春のお彼岸の時期にやってくる第一陣はとくに活きがいい。身がよく肥えていて、大きさだって明らかに違います。我々が言うところの『カタがいい』稚アユですね」。

江戸川稚アユ漁

江戸川を下ること約15分、柳原水閘(すいこう)付近に稚アユを獲るための仕掛けが見えてきた。すぐそばには河川敷を利用した野球グラウンドが広がっており、その気になれば、ひょいと陸に上がれてしまいそうだ。「松戸でも、知っている人はそう多くないと思いますよ」と、宮山さんが話すように、稚アユ漁は静かに日常風景に溶けこんでいる。

仕掛けは定置網で、一度魚が入ると簡単には戻れない構造になっている。遡上してきた稚アユは、網の「ソデ」と呼ばれる通路を伝い、奥へ奥へと進んでいく。やがて行き着くのが「フクロ」と呼ばれる袋状の網だ。ソデは入り口ほど広く、奥にいくにつれて徐々に狭くなっているため、稚アユよりも大きな魚がフクロに辿り着くことはない。

江戸川稚アユ漁

定置網が水面まで引き上げられると、2人はほぼ同時に「おっ」と声を上げた。フクロの中では、銀色に輝く無数の稚アユが跳ねている。体長は大人の人差し指ほどで、林さんいわく「活きがいいし、悪くないサイズ」とのこと。

稚鮎

宮山さんはすかさずタモ網を手に取り、船上の生け簀に稚アユを掬い上げていく。生け簀はドラム缶を改造したもので、川の水がかけ流し状態になっている。こうしておかないと、生け簀の中がすぐに酸欠状態になってしまうという。それだけ天然の稚アユはパワフルで、実際、生け簀を飛び出さんばかりに泳ぎ回っている。

松戸市漁業協同組合宮山充さん

この日は2か所の仕掛けをまわり、合計で3キロほどの稚アユが獲れた。ピーク時と比べると十分な量とはいえないものの、林さんは「いやあ、なんとか格好がつきました」と、笑顔を見せた。

最盛期を過ぎてもなお、稚アユ漁の伝統を守る

稚アユは、船着き場の近くにある生け簀で保管され、出荷のときを待つ。昨年はおよそ100キロを出荷できたが、自然を相手にする漁は一筋縄にはいかない。川が増水した影響で、まったく出荷できなかった年もあったという。さらに「少しずつ漁獲量が減っている」と林さんは語る。

「松戸市漁業協同組合の平岡理事が指揮をとっていた頃は、数百キロは獲れていたそうです。ただ、東日本大震災を境に漁獲量は大きく落ち込んだと聞いています。とはいえ、アユ釣りの需要は根強くありますし、そうそう手を引くわけにはいきません。水閘門の開閉頻度がもう少し増えてくれると助かるのですが、そうすると海水が江戸川に入り込む懸念があるようで……」

なんとか打開策を見つけようと、松戸市漁業協同組合はさまざまな工夫を重ねている。「歴史ある松戸の稚アユ漁を残し続けたい。その一心で取り組んでいます。だから、試行錯誤の連続ですよ。仕掛けの数を増やしたり、設置場所を変えたりして。今年の仕掛けは、なかなか上手くいったんじゃないでしょうか」。

松戸市漁業協同組合宮山充さん

宮山さんにとっては、漁が上手くいったときの達成感も、この仕事を続けるうえでの支えになっているようだ。

「大漁だと、思わずガッツポーズしたくなりますよ。稚アユは動きが読めないだけに、獲れたときの喜びはひときわ大きい。漁を始めてしばらく経った頃、アユの天ぷらを食べたんですが、そのおいしさに感動しました。もしかしたら、かつて江戸川で獲った稚アユかもしれない……そう思ったら、妙に感慨深くなりましたね」。

稚鮎

江戸川で、ささやかに営まれてきた稚アユ漁。夏の風物詩であるアユの味わいは、こうした生産者たちの手によって支えられている。ただ何気なく食べるのではなく、アユが背負った小さなストーリーを噛みしめるように味わいたい。

Writer : NAOYA NAKAYAMA
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Photographer : SATOSHI TACHIBANA

松戸市漁業協同組合

所在地 千葉県松戸市松戸 1721-3

千葉県  観光情報

japan-guide.com https://www.japan-guide.com/list/e1212.html
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