福島の美味しい夏を巡る旅
眩しい太陽が照りつける夏。我々は食材の宝庫、福島県の“旬”を探しに向かった。
甘さがギュッと詰まった夏の果実・桃
我々がまず向かったのは福島県の中央、須賀川市にある「阿部農縁」。
いよいよ始まった桃の収穫と出荷で忙しいさなか、農園を切り盛りする寺山佐智子さんは挨拶もそこそこに、ピンク色に染まった獲れたての桃をむいてくれた。かぶりついた桃からは甘い水分がジュワッと溢れて、暑さで乾いた喉を一気に潤してくれる。
阿部農縁では、桃を中心に年間で約30品目の野菜や果樹を栽培。夏はキュウリにナス、トマト、ズッキーニ、ジャガイモ、山にはカボチャも植えているという。なかでも桃は阿部農縁の看板商品である。
「うちは手散布と言って、手で一枝一枝に農薬を撒いているの。機械だとムラが出て、必要以上の農薬を撒くことになっちゃうからね」。
阿部農縁の桃は佐智子さんの惜しみない手間暇によって“旬”を迎える。
収穫した桃は丁寧に選別・箱詰めをして、全国のお客さんの元へ出荷。毎年、阿部農縁の桃を心待ちにしているファンも多い。
「うちの農園で大切にしているのは、完熟状態で出荷すること。木から落ちる直前まで完熟させて、一番美味しい状態で送る。お客さんから『去年も美味しかったから今年も注文しました』なんて手紙をもらうと、うれしくてしょうがないよ」。
2007年に農園を継いだ佐智子さんは、ECサイトでの販売のほか、「桃のコンポート」や「福尽漬け」といった加工品の製造・販売にも注力。さらには作業場だった古民家を改装して、農業体験ができる1泊1組限定の民宿をオープンした。
「福島で生産される農作物の魅力を自分から発信して、自分で売っていく。特に東日本大震災の後は、自分自身で福島の農作物の情報を発信していかなければいけないと思ったの。震災の後に民宿を始めたのも、県外の人に実際にこの場所に来てもらって、福島でできた食材を食べて、空気を感じてもらったほうがいいと思ったから。本当にこの農園はいろんな人が出入りするので、人の縁で成り立っているのよ。だから、阿部農“縁”っていうの」と佐智子さんは話す。
佐智子さんのこうした取組によって、阿部農縁の“縁”はまだまだ広がっていきそうだ。
郡山でしか作れない野菜を
ちょっと面白い農家さんがいるとの噂を聞き、我々は郡山市熱海町に向かった。
出迎えてくれたのは噂の農家さんの藤田浩志さん。藤田さんは米や野菜を栽培する農家の傍ら、野菜ソムリエとしても活躍しながら、各地での講演活動や執筆、イベントなどを通して、生活者と生産者を繋いでいる。
「栄養分など野菜のことを機能面まで知ることで、生産者としても意識が変わりましたね。講演活動は2009年から行っているんですが、野菜がどういう風に食べられているかなどお客さんから教えられることが沢山あって、こちらが学ぶことも多いですよ」。
藤田さんは就農後すぐ、地元の農家が2007年に立ち上げた郡山ブランド野菜を生産する農業者組織「あおむしくらぶ」に参加。震災後は、より戦略的により迅速に郡山ブランド野菜を展開すべく立ち上げた「郡山ブランド野菜協議会」の中心メンバーとして、郡山ならではの野菜作りに取り組んでいる。
「郡山には、夏は暑く冬は寒いという適度な寒暖の差があります。郡山ブランド野菜協議会で生産する野菜は、この土地に合っていて、味わいや栄養価も高い品種を厳選して育てています」。
協議会で育てる野菜の品種は現在11品種、毎年1種類ずつ追加しているという。それぞれの野菜は一般公募で決まったユニークな名前が付いていて、夏のこの時期は「ささげっ子」というサヤインゲンや、甘みと香りの強い枝豆「グリーンスウィート」、生で食べられるほど柔らかい「佐助ナス」などが“旬”を迎えている。
また、市内には「郡山ブランド野菜」を買えるマルシェや飲食店もあり、新鮮な郡山の野菜を味わうことができる。
地元民が集う屋台村で地元の幸をいただく
日も落ちる頃になると、福島駅東口から広がる繁華街が賑やかになってきた。知らない土地で今宵の一軒を決めるのはなかなか難しいが、そんな時は、駅近くの「こらんしょ横丁」をおすすめしたい。ここはカウンターのみの小さな飲み屋が連なった屋台村。
9軒ある店は、焼き鳥から鉄板焼き、ワインバルまでそれぞれ趣向を凝らしていて、横丁内をハシゴするのも楽しい。
「“こらんしょ”とは“いらっしゃい”という意味の方言なんです」と話すのは、こらんしょ横丁の管理をしている福地雅人さん。2006年7月にオープンした、こらんしょ横丁は観光スポットとしてだけでなく、飲食業界で独立を考える地元の人たちの修行の場でもある。
これまで多くの出店者がここで腕を磨き、後に商店街で新しい店舗を構えて人気店へと成長してきたと、福地さんは話す。こらんしょ横丁は福島の街にさらなる賑わいを創りだしているのだ。
夏場は外にあるテラス席で飲むのが良い。会津の馬刺しや伊達鶏の焼き鳥、福島の家庭でよく食べられる納豆を使ったオムレツなど、各店で地元の幸や郷土料理が用意されている。もちろん、福島が誇る地酒もある。そして、何より楽しいのは、地元客や店主との距離が近いことだ。気のいい地元の飲兵衛や明るい店主たちと触れ合い、福島の味覚を味わいながら、福島のことを直接教えてもらう。ここ「こらんしょ横丁」は旅の醍醐味までも味わえる格別なスポットである。