熟練の焙煎技術が引き出す、香り高い「東京麦茶」

東京都練馬区
砂窯焙煎でつくられる東京麦茶
(取材月: May 2021)
暑い夏、冷蔵庫でキンキンに冷えた麦茶で喉を潤す。誰でも一度はそんな思い出があるのではないだろうか。最近は健康効果がうたわれるようになり、成分や味わいにも注目が集まっている麦茶。スーパーに並ぶ大手メーカーの製品だけでなく、昔ながらの製法で手作りした商品を選ぶ人も増えている。

今回は東京都で製粉業を営み、麦茶の製造を行う「川原製粉所」を訪れ、日本の夏の定番・麦茶についてその歴史やこだわりを掘り下げることにした。

昔ながらの砂釜焙煎を続ける「川原製粉所」

川原製粉所内観

東京都練馬区で1940年から麦茶をつくり続ける「川原製粉所」。石神井川沿いを歩いていると、麦を焙煎する香ばしい香りと出会う。同社が創業したのは戦時中で、練馬区がまだ板橋区だった時代。練馬区は東京23区の中でも農地が多く、現在も住宅街の中に畑が点在。野菜の直売所もよく見かける。

川原製粉所の川原渉さん

「当時この周辺には農家が多く、収穫した米や麦を加工するために初代が工場を建てました」と、話すのは三代目代表の川原渉さん。4人のお子さんがいる父でもあり、家族みんな麦茶が大好きだそうだ。

工場では麦茶の焙煎をメインに、きな粉や製菓原料、いりぬかなどを製造。どの商品についても大切にしているのは、熟練の技術で素材本来の風味を活かすこと。なかでも麦茶は昔ながらの「砂釜」を使って焙煎することで、川原さんが表現したい大麦の豊かな風味を引き出している。

川原製粉所で熱風焙煎された麦茶

完成した麦茶の粒を見てみると、他メーカーとの違いは明らか。一般的な「熱風焙煎」で煎った粒は小さくて明るい茶色をしているが、川原製粉所の麦茶の粒は爆(は)ぜて膨らみ、色は薄いものや濃いものがバラバラに混ざっている。砂釜焙煎がつくりだすこの”煎りムラ”が、麦茶の美味しさにつながるのだと川原さんは話す。

「焙煎が深い粒からは豊かな香り、浅い粒からは甘味が出て、それらが合わさることで麦茶になった時に深い味わいが生まれます。重要なのは煎りムラを絶妙のバランスに仕上げること。熟練の職人にしかできない技です」。

実は緑茶よりも古い、麦茶の歴史

渓斎英泉「十二ケ月の内 六月 門ト涼」
渓斎英泉「十二ケ月の内 六月 門ト涼」
出典:国立国会図書館デジタルコレクション

そもそも、麦茶の歴史は、緑茶よりもはるか前からといわれている。最初は煎った大麦を粉にして、湯に溶かして飲んでいたそうだ。室町時代までは主に貴族が楽しんでいたが、江戸時代には「麦湯」という名前で大衆に広がり、若い女性が給仕する麦湯専門の夜店が流行した。

麦茶が夏に飲まれるようになったのは、大麦の収穫時期が初夏だから。とれたての新麦を煎った茶が美味とされていた。江戸時代に書かれた『寛天見聞記』にも「夏の夕方より、町ごとに麦湯という行灯を出し、往来へ腰懸の涼み台をならべ、茶店を出すあり。これも近年の事にて、昔はなかりし也」といった内容がみられる。

昭和30年代に一般家庭に冷蔵庫が普及し始めると冷やして飲む習慣が広がり、家庭で煮出す商品も登場。人々が日常的に楽しむお茶として浸透していったそうだ。また麦茶には、汗をかくと失われるミネラルが豊富に含まれているため、夏の身体が自然に求めるのかもしれない。

砂釜でしかつくり出せない「東京麦茶」の深い味わい

川原製粉所の東京麦茶

こだわりの麦茶を多くの人に選んでもらいたいと、川原さんが2017年に立ち上げたのが「東京麦茶」シリーズだ。砂釜製法はもちろん、原料には契約農家が農薬を使わずに育てた国産六条大麦しか使わない。深い味わいとスタイリッシュなパッケージで若い世代を中心に人気が高まっているそうだ。

「従来のお茶屋や卸問屋だけでなく、大手百貨店や感度の高いライフスタイルショップでも扱っていただけるようになりました。価格は大手メーカーさんにかないませんが、うちにしかつくれない麦茶をつくりたかったんです」と、川原さん。

そんなこだわりの「東京麦茶」がどのようにつくられるのか、焙煎の過程を見せていただいた。

川原製粉所の石窯

レンガ造りの石窯は中が筒状になっており、300℃に熱せられた砂が回っている。砂の中に大麦を投入し、じわじわと大麦に火を通すのが砂釜製法だ。砂釜は2台あり、1つ目で30秒、2つ目で1分30秒間と煎り時間は意外に短い。

職人は次々と仕上がってくる大麦の色を目で確認し、一度に入れる大麦の量を変えながら、細かく煎り具合を調整していく。

砂釜製粉でつくられる東京麦茶

「大麦の水分を均等に飛ばすため、天候や大麦の水分量によって砂釜の火力も調整します。焦げる寸前が一番麦茶の良い香りができるので、ぎりぎりのところで仕上げなくてはいけない。熟練の職人でも失敗することがあるくらい難しい作業です」と、川原さんが解説してくれる。

砂釜製粉でつくられる東京麦茶

砂釜は火で熱せられているので工場内は暑く、夏場は大変な作業になる。こうして丁寧に煎った「東京麦茶」は、粒のままでも香りが良い。抽出して飲んでみると、濃厚な香りが鼻に抜け、続いて甘味、ほのかな苦味など、味が何層にも重なっているのを感じられる。

「東京麦茶」には煮出し専用の「丸つぶ」と、水出しもできる使いやすいティーバッグタイプの2種類がある。麦茶の風味を最大限に楽しむにはクラシックな「丸つぶ」がおすすめ。「ティーバッグで水出しする時は、最初にお湯で蒸らしてから水を入れると手軽に濃厚な麦茶を淹れられると川原さんが教えてくれた。1パックを200mlくらいのお湯で濃く抽出して、ミルクで割って麦茶ラテにアレンジしても美味しいそうだ。

砂釜製粉でつくられる東京麦茶

「東京麦茶」以外にも、まだまだ新しいアイデアがあるという川原さん。

「あと20年ほどで創業100年になるので、頑張らないといけませんね」と、笑いながら昔ながらの麦茶つくりを続けていきたいと話してくれた。この夏は東京生まれのこだわり麦茶で、涼をとるのはいかがだろうか。

Writer : ASAKO INOUE
 / 
Photographer : CHIEMI KITAHARA

有限会社 川原製粉所

所在地 東京都練馬区羽沢3-27-1
TEL 03-3991-1365
URL https://www.kawaharaseifun.jp/

東京都  観光情報

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