THE ROOTS OF SHUN (August / BACK NUMBER 2014)

"旬"のしじみは“音”で採る

― 茨城県涸沼

(取材月:August 2014)

太平洋に面する、茨城県沿岸の中央部に位置する涸沼(ひぬま)。周囲22kmのこの湖は那珂川の支流である涸沼川によって太平洋と結ばれ、海水と淡水が交わる汽水湖であり、養分が豊富であることから、日本三大しじみ産地(島根県・青森県・茨城県)として知られる。産卵期前である6月〜8月にかけては、栄養をたっぷりと吸収した大きなしじみがよく採れるため、しじみ漁が最盛期を迎える。大きいものでは横幅5cmのしじみもあるというから驚きだ。聞けば、機械を使わず、昔ながらの手作業にこだわっているという。"旬"を迎えた涸沼のしじみ漁の現場を訪ねた。

  • 涸沼しじみ漁写真

しじみ漁写真

しじみ写真

昔ながらの「手採りカッター漁」とは

東京から高速道路を利用し、車でおよそ2時間。うっすらとした筑波山を背景に、青々と広がる涸沼には、圧巻の風景が待ち構えていた。一寸法師のように長い竿を水面に刺した木舟が100隻近く浮かんでいる。わずかな風の音と、しじみを収穫している音であろうか、時折響く「シャリンシャリン」という音だけが、のどかな景色に静かに響きわたる。

「涸沼のしじみ専門の漁師は全部で240人。乱獲を防ぐために、権利をもつ人間を制限しているんだ。いまも空きを待っている人が大勢いるよ」と迎えてくれたのは、しじみ漁歴10年の古橋政道さん。資源を守るため、漁の時間は午前7時〜11時まで、漁獲量は100kg、径12mm以下は採らないなど、ルールが厳しく定められているという。

舟の上では何が行われているのか。これから漁に向かうという古橋さんの舟に同乗させて頂いた。涸沼のしじみは、「手採りカッター漁」という、現在では大変珍しい昔ながらの漁法で採られている。船外機などの動力に一切頼らずに、舟から湖底に下ろした「カッター」と呼ばれるカゴ付きの竿を使う。潮の流れや風の力を利用し、少しずつ舟を動かしながら、湖底の砂の上に生息するしじみをカッターで巧みにかきあげる漁法だ。

あれよ、あれよという間に大量のしじみを収穫する古橋さん。一見、単純な作業で簡単そうにも映るが、長く修行を積んだ熟練のなせる技なのだとか。「やってみるとなかなか難しい。潮の流れが強くてもだめ、潮の流れがなくてもだめ、舟の揺れに調子を合わせ、体重や竿のしなりを上手く使う感じ。力を入れすぎると、土まですくってしまって竿が重くなる」。
そして何より難しいのが、湖底の世界が全く目に見えないこと。「どこに、どれだけのしじみがあるのか、まったく分からない上、カゴの中にしじみがちゃんと入ったかどうかも分からないから大変なんだ」。
そこで古橋さんが頼りにしているのが、湖底から竿を伝って聞こえてくる「シャリンシャリン」という音なのだそう。土としじみの隙間に綺麗に竿が入った時は、貝だけがカゴに入り、貝と貝がこすれ合う「シャリンシャリン」という軽妙な音が、湖底から円筒の竿を通じて聞こえてくるという。古橋さんは「昔から涸沼のしじみは音で採るって言われてきた。何年も続けていると、その音だけで、しじみがどれぐらいあるのか、5m下の湖底の景色を把握できるようになる」と音の大切さを語ってくれた。

しじみ選別作業写真

古橋さん写真

しじみ汁写真

こだわりたいのは、しじみの鮮度

涸沼のしじみ漁師は、なぜ、わざわざ、そんな地道な漁法にこだわるのであろうか。その理由は、やはり、しじみの鮮度を守りたいから。
「船外機の動力を使い大きなカゴで、一気に底をすくいあげる方が効率的だと思うけど、しじみは、べろを出して土に潜っているから、機械を使ってがばっていくと、しじみがびっくりしちゃうんだ」と古橋さん。
機械漁だと、貝に傷がつく上、しじみにストレスがかかり、砂を吐かなくなるという。涸沼のしじみの鮮度が長く続くのは漁師さんが昔ながらの手採りで丁寧に漁を続けているからなのだ。

漁から上がると、次は、カゴ一杯に収穫したしじみの山から、ゴミや死骸を取り除く選別作業に移る。涸沼ではここから先は夫婦の共同作業になるのが一般的だ。古橋さんも奥さんの真由美さんと一緒に2時間かけて、毎日しじみの選別を行っている。ゴミを取り除くまでは機械に任せるが、死骸のしじみを見極めるのは、その道10年の真由美さんの経験がものをいう。
同じ貝なので外見からは生きているのか、死んでいるのか区別がつかない。ここでも頼りにするのが「音」だ。両手で掴んだしじみの山を、順番に石台の上に落としていき、その落ちた時のしじみの音の響きで判断しているのだそう。死んでいるしじみは、実が細り貝の中の空洞が増えるため、その音が軽いのだという。真由美さんは、一度に10〜15個のしじみを振るい、瞬時に死んでいる貝を音だけで見極める。素人では絶対に分からないほとんど手品の領域だ。

東日本大震災の影響で地形が変わり、水深が30cm〜40cm沈んだという涸沼。潮の流れが以前より強くなり、しじみ漁には、ますます技術と体力が必要になったという。古橋さんの手を見せてもらうと、毎日竿を力一杯握り擦れた影響で、グローブのようにぱんぱんに腫れ上がっていた。それでも、しじみ漁の奥深さに魅了されているという古橋さん。「体が動く限り、ずっとしじみ漁を続けたい」と語る。
「とにかく楽しいよ。自分の勘とか読みが当たったり外れたりで、同じ日が一度としてない。毎回道具を少し改良したり漁場を微妙に変えたり。努力した分それが結果として帰ってくるので」と笑顔を浮かべる。

取材の帰りに涸沼のお食事処「うおふね」でしじみ汁をいただいた。
あさりと見紛う涸沼の大玉のしじみから出汁がよく出ているのか、コクがあり、深い味わいが口一杯に広がる。むき身にしたしじみの佃煮も粒が大きく食感があり、やみつきになった。

自然が育てた極上の恵みを、人間の繊細な技術と誠実さを持って食卓に届ける。
世界に誇る日本の食文化の一端を涸沼のしじみ漁に垣間みた気がした。

Writer : TAICHI UEDA / Photographer : KOJI TSUCHIYA

大涸沼漁業協同組合

住所 〒311-3125 茨城県東茨城郡茨城町下石崎1652
TEL 029?293?7347

うおふね

住所 〒311-3125 茨城県東茨城郡茨城町下石崎2262-3
TEL 029-293-7332

茨城県 観光情報

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