THE ROOTS OF SHUN (January / BACK NUMBER 2015)

魚のまちのおもてなしで“旬”を楽しむ

― 石川県 加賀市

(取材月:January 2015)

橋立漁港を擁する石川県加賀市では、魚種の豊富さはもちろんだが、季節ごとにズワイガニや牡蠣、甘エビ、フグ、ブリと日本ならではの海の幸が市場を賑わしている。

橋立漁港は江戸時代から明治時代初頭にかけて、日本海の港を中心に各地で売買しながら航海する「北前船」と呼ばれる商船の主要寄港地としても使われていた。そのため、加賀藩の歴代の藩主たちは、様々な地域の食材や調理法を積極的に取り入れて、洗練された食文化を発展させてきた。

こうした風土と歴史を持つ加賀の料理店では、食通をうならせる季節ごとの“旬”の地魚や各地の様々な食文化を吸収し発展させてきた歴史が織りなすおもてなしを堪能することができる。

選んで味わう、漁師町の食堂「食べ処 割鮮 しんとく」

橋立漁港の目の前に、獲れたての魚の卸しから小売り、水産加工までをおこなうマルヤ水産がある。橋立漁港で水揚げされたばかりの“旬”の地魚が豊富に揃うマルヤ水産の店内には、地元の人から観光客までのお客さんたちの活気に満ちている。

店内を見てまわると、お客さんたちが店頭に並ぶ魚を真剣に選んでいた。そして皆、選んだ魚を店員に伝えると2階へと消えていく。その姿を不思議に思って眺めていると、マルヤ水産を営む湯谷誠さんが声をかけてくれた。
「2階に食事処がありまして、店頭でお好きな魚を選んでいただければ、お好みの料理法でお出ししますよ」。
新鮮な魚を自分で選び、その場で調理してもらえるとは驚きだ。我々も早速、店頭に並ぶ魚を選び、2階の食事処で橋立の地魚をいただくことにした。

2階の食事処の名前は「食べ処 割鮮 しんとく」。橋立の海を一望できる店内は雰囲気が良く、カウンター越しには小気味よく魚をさばく料理人の姿が見える。先ほど店頭で選んだ魚が、目の前で料理人に調理されていく様子を眺めていると、食べる前から心が躍ってしまう。

素材にあまり手を加えずに魚を味わう「割鮮(新鮮なものを割って食べる)」が、ここ「しんとく」での魚の楽しみ方だという。

ほどなく料理が運ばれ、その調理の早さと丁寧さに驚いた。魚は切り方によっては、細胞が潰れてしまい、切った途端に鮮度の劣化がはじまってしまうといわれている。だが、「しんとく」では素材の良さを消さないように素早く調理をするのはもちろん、刺身調理の肝である“切る技術”を大切にしているという。「しんとく」の料理人の確かな腕前のおかげで、橋立の“旬”の魚を味わいつくす贅沢な時間を過ごすことができるのだ。

  • マルヤ水産写真
  • しんとく入り口写真
  • 丼写真

いい魚をもっと気軽に楽しんでほしい 「しんとく」に込められた想い

店内を見渡していると、入り口に積まれている円筒状の曲物(まげもの)の木箱が目についた。聞けば、これが店名の由来でもある、漁師たちが漁に出る際に持参する「しんとく」という弁当箱なのだという。漁師たちは弁当箱と呼ぶには少々大きい箱の中にご飯だけを詰めて持っていき、船上で獲れた魚の切り身を乗せて食事をするのだそうだ。
まさに、この店のスタイルである“好きな魚をその場で選んで食べることができる”という原点は、店名の由来ともなった漁師の弁当箱「しんとく」にある。

「元々、鮮魚の卸しをやっているなかで、気軽に橋立の魚を楽しめる場所があればいいなと思っていた矢先、腕のいい料理人と出会うことができました。その出会いがきっかけで、お客さんがフラッと寄って好きな魚を選び、“旬”の素材をシンプルに食べられる店を開くことにしました」。

橋立に訪れた人たちに、漁師たちが船の上で食べているように好きな魚を気軽に食べてもらいたい。
「しんとく」はそんな湯谷さんのおもてなしの想いが詰まったお店である。

しんとく写真

食通が集う洗練された寿司の名店「亀寿司」

加賀観光に訪れる多くの人の楽しみの一つに温泉がある。「加賀四湯」と言われる、あわづ、片山津、山代、山中は、なんと開湯1300年もの歴史があり、その時代を生きた名だたる文化人たちの心のよりどころでもあった。中でも陶芸家、美食家として高名な北大路魯山人と縁の深い山代温泉は、その歴史的背景もあってか、洗練された印象を受ける人気のエリアである。そんな山代温泉に、日本中の食通が“旬”の味覚を求めて訪れる寿司の名店「亀寿司」がある。

「亀寿司」は昭和40年(1964年)の創業以来、およそ50年にわたり家族のみで経営を続ける小規模な寿司店だが、随所に加賀ならではのセンスが光る洗練されたお店だ。京町家風の建物は趣があり、内装にはモダンなステンドグラスが施されている。古きものと新しきもの、和のものと洋のものをうまく混ぜる加賀らしい心意気を感じさせてくれる佇まいだ。
土地柄、器へのこだわりも深く、九谷焼の大家、山本長左氏による染め付けの器をはじめ、地元の作家による青手(青色を多く使った大胆重厚な構図の器)や赤絵(赤色中心の繊細で綿密描かれた器)の作品や漆器など、料理に合わせた様々な器が用意されている。

亀寿司写真

加賀ならではの寿司とは何か 店主市川さんの想い

店主の市川修一さんに「亀寿司」のこだわりを尋ねてみると、「上質な田舎の寿司」という答えが返ってきた。
この言葉は「地のモノが豊富に揃う加賀ならではの寿司」というこだわりを意味している。「亀寿司」の寿司は全て加賀産のものだ。橋立漁港で水揚げされる豊富な魚介類が寿司ネタとなり、シャリは加賀の東谷口地域のお米を使っている。
「江戸前寿司の技術って意味では、やはり東京でしょう。東京には粋が集まっていますからね。こっちはこっちなりの上質な寿司を提供するため、地のモノをうまく活かせるようにいつも考えています」と、市川さんは話す。

そんな市川さんに冬のおすすめの魚についてうかがうと、「冬の北陸はやっぱりAKBです。Aは甘エビ、Kはカニ、Bはブリです。特に寿司に関して言えば、北陸ではブリが主役です。寒ブリは産卵期前の冬が最も脂がのっていてオススメですよ」と、笑いながら教えてくれた。
そこで、ブリの握りを注文させていただくと、市川さんは待っていましたとばかりに「ハラミ」と呼ばれるブリ1尾から1割ほどしか取れない、一番脂ののった部位で寿司を握ってくれた。
丁寧に霜降りされ、白く透き通ったブリは思わず食指が動くほどに美しい輝きを放っている。脂と肉質のバランスも絶妙で品があり、身は大きいが綺麗に薄めに切られているためか、酢飯とよく馴染んでいるので、何貫でもいただきたくなる一品だ。
「ブリは九州で孵化し、北海道まで北上した後、秋には南下を始めます。能登半島沖に到達する初冬から真冬にかけてが、最も脂がのった時期を迎えます。だから、この時期に石川県で水揚げされるブリは特に美味しいですね。それに定置網で身に傷を付けず、捕獲してすぐに『沖じめ(仮死状態)』にしているから鮮度も抜群なんです」と市川さんは教えてくれた。

北陸の“旬”を知り尽くした店主が加賀の地のモノを、加賀らしい洗練された演出で提供してくれる。
「亀寿司」はそんな市川さんのこだわりの想いが詰まったお店である。

市川さん写真

ブリ握り写真

何度来ても楽しめる街、様々な表情を味わえる街、加賀。

加賀には、今回訪れた「しんとく」のような北陸の海の恵みを気軽に楽しませてくれるお店から、「亀寿司」のように空間から食器などの細部にいたるまで洗練された食事を楽しめるお店まで、加賀ならではのおもてなしで“旬”の地魚を堪能できるお店がたくさんある。
加賀の豊かな漁場がもたらす四季折々の海の幸は、一年中いつ来ても、その時々の“旬”の出会いを提供してくれる。

Writer : TOSHIFUMI KIUCHI / Photographer : SATOSHI TACHIBANA

食べ処 割鮮 しんとく

住所 石川県加賀市田尻町浜山2-11
TEL 0761-75-1488
営業時間 平日:11:00-15:00(15:00は要予約)
土日祝:11:00-19:00(ラストオーダー)
休業日 水曜日
URL http://www.maruya-suisan.com/sintoku_html/sintoku.html

山代温泉 亀寿司

住所 石川県加賀市山代温泉17-8-2
TEL 0761-76-0556
営業時間 17:00-23:00 ※前日までの予約でランチタイム営業。
定休日 月曜日
URL http://www.kame-sushi.com/